2017年6月23日 (金)
西川悟平の世界

昨日と今日(6/21、22)、Salon Classicでニューヨーク在住の西川悟平君のコンサートとトークショーがあった。

その演奏も勿論素晴らしかったが、それは今回は割愛して、トークの内容にふれることにする。

アメリカンドリームを果たした日本人、西川悟平

大阪の堺で和菓子屋の売り子をしていた24歳の青年が、ある日、ニューヨークカーネギー大ホールの3200名の聴衆の前でピアノの独演会を開いて大喝采を浴びた。そうかと思うと、300年前、ジョージ・ワシントンが住んだというニューヨーク市長公邸に招かれて演説と演奏、それが日本に伝わると、今度は日本武道館で一万5000人の前で演奏、今秋はあの世界的富豪のロスチャイルド家の主催でロンドンデビュー、当日はイギリスのロイヤルファミリーも出席されるという。また2020年のオリンピック、パランピックの開会式でピアノを弾く野望を持つ。

この青年も今や42歳となり、昨日と今日、Salon Classicでコンサートとトークショーを開いた、きっかけはわれわれ夫婦が訪日中のThe Music Center, New Yorkのディレクターたち、故ディヴィッド・ブラッドショウとコズモ・ブオーノ氏を同君に紹介したこと、もう20年も前のことだ。ピアノを始めたのが15歳のとき、音楽高校も音楽大学も一切関係ない。

ピアノが好きで同ディレクターたちの前で弾いたところ、ジュリアード出身の巨匠が「見どころ」があると同君をニューヨークに誘った。逡巡したが、こんなチャンスは二度と来ないと一大決心、1999年ついにアメリカに渡った。英語は全然話せなかった。しかし、18年が経った今はバイリンガルの腕前、国連で英語と日本語で司会した。

この青年を見届けてきたわれわれ夫婦、本人以上にその快挙を喜んだ。同君のニューヨークにおける生活も垣間見てきた。その快挙の裏には並々ならぬ努力もあったが、持ち前の明るさと人間愛が幸運を呼び寄せた。

それに何でもみなと同じ行動を好む農耕型日本人の中にあって、独り、狩猟型を好む好奇心旺盛な男だった。二人組みの泥棒に入られて戦々恐々しながら、「話してもいいか」と言って、相手からその身の上話を聞き、ピアノを弾いてホロリとさせ、その泥棒殿を後日カーネギーホールに正式招待した話やホームレスの人間に真新しい着物を恵んで、後日、忘れた頃に立ち直った彼から改めて感謝された話とか、話は尽きなかった。

彼には一冊の本がある。「七本指のピアニスト」だ。ニューヨークの紀伊国屋書店のベストセラーになった。ピアノを弾きまくってジストニアになり、やっと今、七本指を動かせるようになった。聞くも涙の物語だった。
オバマ大統領に会ったり、ローマ法皇に会ったり、あり得ないことばかりやってきた、こんな変わった日本人、同時に、
英語を現地人並みに流暢に喋り、社会に寄付という形で恩返しするアメリカ人魂を心底から体現した悟平君に惜しみない拍手を贈りたい。

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今日(2017.5.28)は太田キシュ道子のピアノリサイタルがSalon Classicであった。今日は頭が音楽的になったというよりも文学的になった。

ショパンのバラードから。バラードとは物語風の詩だ、

第一番…中世、十字軍に破られたリトアニア、一人の少年が十字軍に連れ去られ、そこで長じて軍司令官になった。彼はわざと誤った指令を出し十字軍を崩壊に導き、リトアニアを救った。しかし彼は自らの命を絶った…。

第二番…星の光が湖面に映る静かな夜、若いポーランド娘たちは、征服者のロシア人に辱められるよりもと、突然、足元にわずかに裂けた地中へと身を投げた…。

第三番…男の変わらぬ愛を信じない少女は「水の精」となって、青年を誘惑し、水底深く引きずり込み、決して捕まりっこのない水の精を追わした…。

第四番…三人の兄弟は父の命を受けて最高の財宝を見付けるため旅に出た。秋が過ぎ、冬が到来したが帰ってこない。父は戦争で死んだものと諦めた。そこに三人の息子が吹雪の中、それぞれの許嫁を連れて戻ってきた…。

次はブラームスのラプソディ。

このラプソディという言葉が好きだ。意味は狂詩曲。リズ・テイラーの映画を思い出すからだ。

ベルチャッハはアルプスの山々に囲まれた風光明媚な地。そこには沢山の旋律が飛び交いっていた。それらを踏まないようにしなければと、ブラームスはクララ・シューマンにいう…。

最後にリストによるシューベルト歌曲のピアノ曲への編曲。

「美しき水車小屋の娘」…小川が水車にいう「そして愛が苦しみから解放されれば、星が、新しい星が天に瞬きます。バラが、紅く、半ば白く、もはや枯れることのないバラが咲きます…」水車がいう「小川よ、愛する小川よ、そうやってひたむきに歌っていてくれ」と。

「水の上で歌う」…きらめく波の光の中を白鳥のように小舟が滑って行く。魂もまた小舟のように。夕映えが大空から波の上に降り注いで…。

「影法師」…静かな夜、町は眠っている。家には恋人が暮らしていたが、去って行ってしまった。そこに一人の男が立ち、空をみつめながらもがき苦しんでいる。月が照らした顔はなんと己の顔。影法師よ、青ざめた仲間よ…。

「アトラス」…僕は不幸なアトラスだ。世界を、苦しみに満ちた世界をすべて僕は背負っていかなければならないのだ…。

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昨夜(4/19)はSalon Classicでマリンバとピアノという非常に珍しい組み合せの演奏会があった。マリンバを奏でるのは、大阪音楽大学卒業後、マリンバのメッカとして有名なドイツの、シュトゥットガルト音楽演劇大学大学院で長く研鑽を積んだ相澤睦子さん、かたやピアノはイギリス生まれで母国で学んだ後、17才でアメリカの名門、フィラデルファのカーティス音楽院に入学を認められた偉才、アンソニー・ヒューイット氏、この二人が演じるチゴイネルワイゼンのごく一部だが、とくとお聴きいただきたい。右に左に飛ぶようにして演じるマリンバ奏者の姿が勇ましい。

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今日(4/16)も昨日に引き続き、パリ国立高等音楽院のイヴ・アンリ教授を客演に迎えて春のジョイントリサイタルを催した。今日も教授の素晴らしい演奏についてだけ述べることにする。先生の演奏曲目はショパンのバラード第4番作品52、子守歌作品57、それにワルツ作品18だった。
先ずは「バラード」。出だしのタッチからして甘美が漂っている。匂いそうだ。濃淡のある赤紫に白い水しぶきがかかったような風情、花にたとえれば薄紫の芍薬といったところだろうか。次に「子守歌」。出だしからして優しく、柔らかい。聴くほどに「なでしこ」に思えてくる。最後の「ワルツ」。同じウィンナーワルツでもヨハン・シュトラウスのそれではない。ショパンのピアノ曲になるとそれはダリヤだろうか。同じピアノで弾いてもアンリ教授の場合はこのようなイメージが湧いてくる。もうそれは素晴らしいピアノ芸術である。
私は昨日、音で紡ぐ刺繍と言ったが、まさに今日は音で紡がれた花々だった。教授の頭の中にはきっと演奏に先立って曲のイメージ絵が描かれているのだろう。音で描く絵だ。構図があり、濃淡があり、アクセントがあり、動きがある。特に問題にしたいのは濃淡の淡である。弱い音の存在である。日本人にはなく西欧人にはある。日本人の多くが弾く音は浮世絵の美人画の髪の毛に似て、一本一本は細くきれいに黒色で引かれている。が、その間は真っ白で、何もない。それが西欧人、なかでも教授になると、髪の毛は黒色でなく濃灰、そして毛と毛の間には薄い灰色がグラデーションとなって滲んでいる。文の行間を読むという表現があるが、それに似てこの音間の滲みが情感を伝えてくれる。これがあるとないの違いだろう。これはやはり西欧人と日本人の言葉の違いと息遣いの違いだろう。子音中心の言語を操る西欧人の息遣いと母音中心の言語を操る日本人の息遣いはリズムにおいて違う。西欧人の方がよりリズミカルで指にもそれが伝わっているのだと私は思う。
今回、教授はうちのサロンに入るなり、私の絵の一つ、「ジャズシティー」に見入って、それをスマホに収めていた。絵と音楽は共通している。私は私で教授のピアノに聴き入り、上記のような絵を頭の中に描いた。

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今晩は(4/15)。今、家に帰りついたところです。遅くなってもいつもの通り、今日のことは今日中に更新しないとおいしいお茶にはなりません。

今日は私の大好きなイヴ・アンリ先生客演のジョイント・コンサートがうちのサロンクラシックでありました。今はとりあえず、アンリ先生のピアノ演奏の部分だけについて述べます。いつ聴いてもほれぼれするイヴ・アンリ先生のショパン、多くの人が弾くショパンですが、先生が弾くと別物になってしまいます。たとえてみればそのショパンはフランス料理です。どの素材も均等に均質に火が回っています。一音一音が火を通して得も言われぬ光を放ち、全体として計算されたハーモニーの美味しい味となり、また美しい盛り付けになっています。 音を紡ぐという表現があります。先生の糸はどれもこれも一本一本がピカリと光り、それで美しい刺繍を編んでいます。花になり蝶になってとても美しい。音が均質だからだと思います。多くの人の弾くショパンを聴きますが、火の回りが均質といえないのでしょう。ということが先生を聴いていると解ります。刺身のような生部分とウエルダンといえる焼き部分が混在しています。そこが先生のショパンと違うところのように私には思えます。素人の私がいうのですから間違っているかもしれません。でもともかく私はこのアンリ先生の音色にはいつも断然弾き込まれてしまいます。

ホテルで一緒にワインで乾杯し食事をしました。いろいろ話しているうちに、この8/22から8/29までの一週間、彼の スタジオがあり、ショパンがジョルジュ・サンドと過ごした 想い出の地、ノアン、パリから2時間弱南下したところに グループで行くことになりました。ショパンの作品の多くが作られたところです。帰りにはパリに寄って、ショパンが最後の息を引き取った場所を見、祭られた寺院を見ようと思っています。イヴ・アンリ先生はフランス文化庁から二つもの文化勲章をもらったピアニストで、ショパンやシューマンの国際ピアノコンクールの事前審査員も務めています。先生レッスンを受けたい方はもちろん、単に観光の人も含めて13,4名で行きたいと思っています。希望者はTMCJまでお申し込みください。 www.tmcj.jp

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2017年2月26日 (日)
梯剛之ピアノリサイタル

今日(2/26)は2時からSalon Classicで盲目のピアニスト、梯剛之氏のリサイタルがあった。外は未だ寒いが、内は熱い一日だった。剛之氏を追って遠くは東京、小田原、岐阜、岡山からここ芦屋にやって来たファン・クラブの人たち、それに近隣の人たちら約50名の百の瞳が、茶褐色のニューヨークスタインウエィの前に座る黒装束のピアノ名手、梯剛之に一斉に注がれる。立ち上がって曲説明をする同氏。サロン全体を暗くしてこの部分だけにスポットを当てると、客席の前にぼっと大きな幻想が立ち現われた想いがした。そこから発せられるピアノ音は向こうの方で鳴る音ではなく身にもろに降りかかってくる音の詩であった。

プログラムはモーツァルトの幻想曲ニ短調、ソナタニ長調、ショパンのノクターン第2番、休憩、ドビュッシーの二つのアラベスク、ベルクのソナタOp.1、ショパンのスケルツォ第2番。これらの味を私なりに一言づつで表わしてみよう。

モーツアルトの曲は優しくまろやかで口あたりがよく口の中が春らんまんになった。次にショパンのノクターン、酸味も甘味も効いて絶妙の味。ドビュッシーのアラベスク、仄かな甘み、しこしこと歯触りが新鮮。ベルク、苦みの中に独特の香りがありコクがあった。今日の中で二番目に好きな曲だった。最後はショパンのスケルツォ第2番。フルーティな風味があり、とろけるようで一番好きな曲だった。アンコールにショパンの「遺作」とノクターン第8番。いずれも梯の真骨頂が顕れていた。

終演後、20名ほどのファンクラブの人たちが剛之氏を囲み談笑。剛之氏もよく喋りよく笑った。本当にファンは有り難いもの、どこまでも追っ掛けてくるその熱意に人は動かされるのだと痛感した。

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昨日は2時からSalon Classicで小澤真智子の「旅するヴァイオリン」~南米アルゼンチンの音楽を聴く~、ピアノ霜浦陽子のコンサートがあった。この二人とはもう長い付き合いだ。私が定年なった直後の2000年に、小澤真智子の、また2002年この二人の演奏会を湘南国際村の自宅ホール、Salon Collinaでやったから、私は私なりに二人の成長ぶりを見守ってきたし、この二人には私の退職後の生活ぶりを知られている。こんな二人の関西デビューを今回手伝うのだから親御になった気分である。

「旅するヴァイオリン」と銘打ったのはなぜだろう。思えば、真智子は東京藝大でクラシックを学んだ後、ロンドン・ギルドホール(ピアニストの霜浦陽子はここで学んだ)で学び、次にニューヨーク・ジュリアードで勉強、それからメキシコの一交響楽団のコンサートマスターとして同地で活躍、さらにブエノス・アイレスでタンゴ音楽を追究しながら数年暮らしたのだから「旅する」と称するに値するだろう。なかでも一番長かったニューヨーク生活でニューヨーカーに変身、自らアメリカンと称するほどだ。今回のトランプに幻滅したと、しばし私とアメリカ政治談議をしたほど。

彼女はいわゆる正統クラシック派ではないが、クラシックをベースにしながら、自由に独自の音楽境地を切り開いてきたことに対し私は高く評価している。

その芽生えはすでに東京藝大時代にあった。今でこそピアソラはどの音楽家からももてもての存在だが、在学中の1990年代に早くも着目、それを取り入れたのだからさすがである。またタップを踏みながらヴァイオリンを弾くという一風変わった独自スタイルで2002年にカーネギーホール(ワイル)デビュー、続いてThe Music Center Japan主催で東京文化会館デビューを果たした。2008年には、アルゼンチンタンゴの魅惑的なメロディーとダンスリズムが彼女の中を流れる血の川と一緒になっていよいよ彼女独自のタンゴ世界を追究することになった。ピアニストはアルゼンチン出身のオクタヴィオ、南米の魂を教えてくれた彼氏と婚約、彼の故郷で結婚するつもりだったが彼氏が大病で急逝。悲嘆にくれた真智子、長い苦悩の末ついに日本への帰国を決意。その苦しみがこれからの再起への原動力となった。

今日の演奏ぶりはわずかな時間だが、ビデオを聴いてもらいたい。実にエネルギッシュ。その哀調は彼女のオクタヴィオを想う悲しみと同時に明日からの再起を誓う祈りでもあった。

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今日のSalon Classicは玉手箱に化した。急遽決まった本場オペラ歌手のコンサートに観客がどれほど集まるかも分からなかった。蓋を開けたら結構な人数、中から立ち上ってきたのは煙ではない、声量豊かな歌声だった。この声に年を取るどころか、たちどころに物凄く若返った。役者はヴェネツィアから来たバリトン歌手のロベルト・ボルトルッツィ氏。Bravo(うまいぞ!)そのものだった。最初のBはBaritone(バリトン)のB、raはradiance(輝き、艶)のra, VoはVo(volume)のVo、野太く低く、それでいて艶のある、圧倒的な声量に、玉手箱のように小さいホールは大きく揺れた。どんなに上手な日本人のオペラ歌手もこのロベルトにはついて行けない。でっかいオペラ舞台で張り上げる声を峯川知子さんのピアノとともにこの狭いサロンで轟かせたのだからたまらない。私にはまさにビックリ玉手箱だった。アンコールに「荒城の月」を歌った。 ロベルトと一緒に出演したのは女性三人。渡邉栄子さん、宮本有紀子さん、永田桂さん、どなたも実に素晴らしかった。私たち日本人に馴染み深い「オー・ソレ・ミヨ」を渡邉さんが、「帰れソレントへ」を宮本さんが、ロベルトと一緒に歌った。私の心は太陽となり若き日の私へ帰っていった。 明日はロベルトによるレッスンもこのサロンである。またオペラ全盛時代の極秘テクニックを伝授するサルバベルカント の合唱参加者を只今募集中でもある。興味のある方は連絡してください。www.tmcj.jp 今年はわれわれ夫婦のThe Music Center Japanも設立30周年を迎え、色々企画中だがその一環としてのこのサロンオペラガラコンサートに勢いを貰った。絵を描くのもおもしろいが音楽を聴くのも最高だ。

IMG_1158IMG_1161IMG_1169IMG_1188IMG_1192IMG_1196IMG_1199IMG_1208IMG_1213IMG_1225IMG_1232 (2) IMG_1149 (2)29acb65701e3f4093eeb99701ba4502d[1]

 

今日(2017.01.29)fd3db3f8295092e81a6e81baa4f51fb8[1]39d9b61cae083dbcb3c21f9f1e90de32[1]8b84ab5e69c8cd2da6a5b9451549a353[1]002c06c74edfb6d337550ee5d8c27b1a[1]31a3b1a4c29952c8a0cc81f562e84b46[1]3f921cdaddc13266e54203d5780fb3dd[1]はSalon Classicで宮崎剛コンサート・シリーズ2016の最終回があった。
大町 剛(チェロ)と井上 春緒(クラリネット)と宮崎 剛(ピアノ)のトリオ・リサイタルだ。プログラムは都合で順番が入れ替わったが、全曲演奏された。
久しぶりに最前列のかぶりつきで聴いた。迫力満点だった。
同じ生演奏でも、演奏者、楽器、会場、その座席の違いで響きは変わってくる。バッハやベートーヴェンの時代にこんなピアノはなかった、当時はどんな音色をしていたのだろう。
それにしても作曲家という人種はどのような頭の持ち主なのだろう。今日のベートーヴェン曲は若い時の作曲だというし、ブラームス曲はブラームス最後のソナタという。そこにどんな成熟の差があるのだろう。若くしてすでに人生を知り尽くしたような味わいを感じるし、また年老いてもなお若さが漲っている感がした。…
クラリネットアンコールの日本演歌調チャルダッシュに続いて、お待ちかね、宮崎 剛による今日の即興演奏は、シューマンの献呈、アルプスの少女、ハイジー、サン=サーンスの動物の謝肉祭、ワグナーの愛の死、それに川の流れのように、の5曲だった。

2016年12月24日 (土)
杉江俊太郎piano recital

今日12/24は午後2時からSalon Classicでの今年最後のリサイタルがあった。主役は杉江俊太郎さん。京都市生まれだそうだが、4歳からサンディエゴ(南カリフォルニア)で育ち、それからロサンゼルスへ、さらに今はドイツのフライブルグで勉強中とか。今回は日本への一時帰国中のリサイタル。大入り満員の人が待ち受けていた様子がよく解かる。貴婦人然とした芦屋マダムのような両手の花に挟まれて、一生懸命、シューマンの幻想曲ハ長調op.17とJ.S.バッハのゴルトベルグ変奏曲BWV9880のキーを叩いた。あっぱれ、あっぱれ。

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今日(12/23)は天皇誕生日。Salon Classicではクリスマスコンサート、その名も風変りな「ホイリゲコンサート2016」。何だ、これは。ウィーンの森のワイン酒場の名前だそうで、その雰囲気を今日はここで出そうというもの。いつもの華やかな女性の出番じゃなくて今日は黒装束の若手の男性ばかり三人。豆電球に照らされたクリスマスツリーにはこの方が却って映える。それにしてもなぜウイーンの森なの?プロフィールを見ると三人の共通項はウィーン国立音楽大学出身の錚々たるメンバー。お互いに向こうで知り合いチームを組んだとか。

なるほど聴けば聴くほどウィーンの香がして雰囲気が漂ってくる。音が再現できないのが残念だが、プログラムをとくと見てご想像あれ。

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2016年12月21日 (水)
クリスマスミニコンサート

75885b9978f1c7bcb49be2090bad41541和泉万里子さんと楠木稔さんによる今年(2016)のクリスマスミニコンサートがSalon Classic1階の多目的サロンで12月18,19、20日の三日間ありました。ピアノ伴奏は崎谷千恵さん。客と出演者が一つになれるアットホームな空間、和やかで優雅なひとときが流れました。

このお二人(実はご夫婦)が高らかに歌ったのは全部、今となっては懐かしい映画音楽ばかり。聴いているうちに私にもこれらの歌を歌った若い時代があったなぁと感無量でした。

歌が終わって中休みのお茶の時間にはお二人からクリスマスプレゼント、ただし2名様のみということでジャンケンポン。

後半は楽しく皆でクリスマスソングを歌って終わりました。

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今日は3時からプロジェクト・楽彩主催の鈴木智恵(Tomoe)と堀内早苗のピアノ・コンサートがSalon Classicであった。曲はバッハの18世紀音楽から19,20世紀のクラシック、それに現代曲まで網羅していたが、現代曲は実は有史以前、2500万年ぐらい前の世界の表出であった。 今日は一つ、この人類出現以前の曲に注目してこれだけの感想を述べてみたい。これはまさに鈴木智恵の世界であった。まずは山本裕之の「Tokyo Concerto(1993)」より。乾いた無機質な音がしばらく続いたかと思うと、突然、ぎょっとするような土割れの音がした。まさにこれは先日の福岡駅前で起きた不協和音的道路陥没音だ。次は近藤浩平の「海とカルスト(2008)」、ここにも白い無機質な世界が広がっていた。これを聴いているうちに私はかつて住んだことのある三浦半島の葉山国際カントリー付近を思い出していた。ある高台に立つと、下方に樹海、遠くに油壺の海が見える。道の片側は上り斜面で白い石灰岩が顔を出し上方は緑の木々に覆われている。脆そうな白い岩石を見るにつけ、ここは太古の昔、海底だったことが分かる。風がわずかに吹いて木々を揺らす音が無意識の通底音となる中、いやがおうでも聞こえてくるのが喧しいカラスの声だ。耳を澄ましても他の鳥の声は一切聞こえてこない。こんな風景を思い浮かべていた。次に宇野文夫の「破片Ⅱ」、そして最後は鈴木英明の「心象」だ。前者は乾いた地にポソポソと湿った雨がかすかに落ちる風情。後者には心底もっともっと続けて聴いていたい想いがした。解説に「言葉を超え、言葉が行けなくなった地点から、これらの音楽は出発している。」とあった。そこで過ったのが、ル・クレジオ描くインディオの世界(ル・ケレジオ著、悪魔祓い)だ。インディオは本能的に沈黙の力を知っている。インディオが言葉や表現を警戒するのは、言葉が呪術的でその表現にともなう危険を意識しているからだ。沈黙は呪術的なものではない。それは動物的であり、植物的であり、元素的なものだ。それは大地に根差している。沈黙は、いうなれば裏返しにされた言語である。インディオの沈黙は、多くの音楽を消す。インディオたちにとって、本当の楽器は、音楽的でない楽器である。単音の竹筒、穴の二つあいている鳥笛、太鼓、撥。ほら貝、鈴。インディオたちは旋律に興味がない。旋律は彼らを退屈にさせる。旋律は罠であって、自己愛にもとづく。こんな世界が突如出現した。鈴木英明が作曲し、鈴木智恵が弾く、Ⅲ対話、Ⅳまつりにこれらが出現し、インディオの音楽を聴いた思いがした。img_06404647ad8d74122853a0b7519350adda2d1a79d2d70cb279f1e6ab329abd180669014c882691db6cae1a5ab978a2cd35a3dc1img_0303

この一学年上の先輩(82,3歳)の声の若さよ。卵か鶏か、歌うから若いのか、若いから歌うのか。何も見ないで一時間強、正調で歌い切る。それも和漢洋の曲を。そこに籠る情感表現はこの年齢に達したものの特権かも知れない。洋ものもさることながら、和漢ものでも、たとえば昔の都都逸、常磐津、詩吟などの音色、情感を知らなくては、これは出せない味かも知れない。そこへ特別出演された中山和彦氏の哀愁を含んだオーボエの音色が混じって雰囲気が盛り上がった。万感の思いを込めて歌う自らの歌にどっぷり浸っている先輩、その準備も大変だっただろう。何よりも「秋風に想う」曲の選択。そして漢、洋ものの解説。自らそれらの歌詞の大意をまとめて観客に配った。原語で歌われたら分からない歌の情景を日本語で解説している。例えば、ブラームスの「教会墓地にて」は、嵐の夜、すべての墓が嵐をよそに静かにまどろんでいたとか。また、「歌の調べのように」では、そっと何かが私の心をよぎったが、それを言葉で捉えようとすると、灰色の霧のように色あせ、鏡の前の吐息のくものように消えて行くとか、今、書いている言葉がそれだ。鏡の前でくもっている。伴奏された奥様のドレス色がチラシ色と同じだったのも嬉しかったし、プログラムに乗せた二枚の写真も先輩の清澄さを象徴するようでよかった。紅葉は芦屋で撮った最近の写真、もう一枚は一週間前、箕面で撮った滝の写真だった。

聴きながら描いたスケッチ、これが描けるほど、姿勢を崩さないし、派手なジェスチャもなかった。img_0617img_0608img_0605img_20161119_0001_new5a596fce399b418941223eaf6e96be2117b72f7789756c89e4f786e88c48bd6421e4acfef6029b7059d243c7196b1cb6f51

img_0581img_0584img_0587img_0592今日(11/16)はいよいよ最後の最後、アンサンブル・メンデルスゾーンの一員であるサンダー・ヘールツとヘールツ高橋康子夫妻の「デュオ・アギネコ」によるヴィオラ・リサイタルが高槻の摂津響Saalであった。目立ち、自己主張の強いヴァイオリンやチェロと違って、ヴィオラはその間に挟まれていつも大人しく自己抑制している人格者だが、昨日と今日は違った。主役で一人舞台だったからだ。ヴァイオリンの繊細な音色を表現するのに私はよくシルクの光沢やピカっと光る川魚の鱗を比喩に用いるが、ヴィオラを聴いてはそのような連想は少しも湧かなかった。これはもっと渋く暗く、昨日はチョコレートといったが、今日はその質感がビロード地の柔軟な手ざわり、深みのある色調に想われた。ピアノも今日は同質に思われ、アンリ・ヴュータンの「ロマンス」ではピアノ音が胸にずしりときたし、シャルル・ド・ベリオの「バレエの情景」ではピアノもヴィオラもダイナミックでそのボリューム感に圧倒された。サンダーのバレリーナ並みのスタイルについては昨日も大いに述べたが、この「バレエの情景」で、彼が舞台でロシアバレエを踊っている情景を想像せずにはおれなかった。この迫力はヴィオラであってこそ初めて表現できるものとの手応えがあった

今日は二時からSalon ClassicでDuo Agineko(アジネコ夫婦)によるヴィオラ・リサイタルがあった。アンサンブル・メンデルスゾーンの面々は昨日で公式行事を終わえ、散り散りに別れたが、サンダー・ヘールツ(ヴィオラ)とヘールツ高橋康子(ピアノ)が居残りここでリサイタルを開いた。今日のプログラムは「ベルギーで生まれたロマンスの傑作選」とあるように普段あまり聴かない曲だが、陰影の濃い人生の喜怒哀楽をヴィオラならではの深く低い音色で綴ってくれた。その音色は、地味な二人が醸す外見とは正反対に、内面的には非常に滋味に富み、色に譬えればチョコレート色をしていた。音楽に没入した二人、なかでも康子の夢うつつとした表情で弾く姿にこちらもうっとりし、そのままサンダーに目を移すと、かれもまたかれの性格そのままに深くたゆとうとした調べを奏でている。足の長いスタイリッシュなサンダーに驚いていたが、後で聞くとバレエをやっていたとか、道理で様になっていたのだ。

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終演後、サロンでアジネコ夫婦を囲んで小パーティを開き、今、ベルギーで住んでいる二人と四方山話をした後、我が家に移動し、サンダーが好きだという日本酒で乾杯した。その中にベルギー・日本の比較文化論にもなった。昨日は若いソフィーが日本の芦屋駅前のデパートでmade in Japanの品物を見て目を輝かし、日本の幼児向け絵本を買っているのを目撃した。われわれがヨーロッパに行くと向こうのものに目を輝かすのと全く同じ。 珍しいものを初めて見る目と先入観、今やmade in Japanは世界のブランド商品なのだと再認識したことだった。

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アンサンブル・メンデルスゾーンの昨夜の公演は奈良大和西大寺の秋篠音楽堂であった。もう福岡、京都、神戸、大阪、奈良が終わり、残るは明日からの東京、横浜だけとなった。

秋篠音楽堂は造りがよい。お蔭で多くの観客に来ていただいた。フランクの甘酸っぱいヴァイオリンソナタに始まり、次に勇壮なリズムで青い情熱が迸るドヴォルザークのスラヴ舞曲、浦瀬奈那子とヘールツ高橋康子の連弾が続いた。その調べはいまも耳に残っている。次はモーツァルトのピアノ四重奏曲。松川暉のヴァイオリンが冴え芳醇な香りを放ち、どこか秋篠寺の風情を感じた。次のソプラノ歌唱では山本昌代の「からたちの花」が美しい日本語の情感を西洋的メロディに乗せて美しく伝え、続く渡邉栄子が自作のマスクを着けてヨハン・シュトラウスの「こうもり」よりロザリンデのアリアを歌った。カスタネットを打ち鳴らし舞台で舞う姿はオペレッタそのもの、今日の公演に大きな色を添えた。最後はアンサンブル・メンデルスゾーンによるモーツァルトのピアノ五重奏曲、もうこれには昨夜すっかり陶酔してしまった。モーツァルト自身、この曲が1784年の初演で拍手大喝采を浴びたと満足そうに父親に報告しているが、私も大喝采した。全身耳にして聴きその丸みをどのように表現しようかと演奏中ずっと考えていたが、それは大きな赤い葡萄の房のようでもあり、熟して中身が流れ出そうな柔らかい柿のようでもあった。

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昨夜の茨木市福祉文化会館オークシアターは、一昨夜の華やかな神戸とはうって変って黒が目立つ粋でスマートな器楽演奏だった。舞台は荘重な緞帳で覆われ、それが上がると明るく照らされたベージュ色の舞台が現われ、その真ん中に黒光りするピアノが鎮座していた。弦楽器とピアノの中にあって今夜一人気を吐いたのはクラリネットだった。

最初はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ。ピアノとヴァイオリンの囁き合いが心の深みに触れ襞に触れた。そんな高雅な心に次に落ちたのはシューマンのピアノ四重奏曲の弦滝だ。この滝にわが心はこすられ、けずられ、かきむしられて浄化して行く。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが整然と一斉に奏でられる一方、それぞれの個性がいかんなく発揮される。なかでも日本側から参加した木越洋のチェロは底を打つような低音でアクセントを付ける。永江泉のピアノがみなを支えてまたいい。次はベートーヴェンのクライネット三重奏曲。先ほどまで痛いまでに滝に打ちひしがれた我が心や魂が森健太郎のクラリネットの叙情的で明るい音色で癒され、救われ、撫でられ抱きしめられた。最後のフランクのピアノ五重奏曲は昨日も触れたので割愛する。

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昨晩(11/5)は神戸市東灘区の「うはらホール」で日本・ベルギー友好150周年を祝う記念の両国合同演奏会があった。多勢の聴衆が見守る中、ベルギーから来日したアンサンブル・メンデルスゾーンの面々と日本側の七人の出演者が華やかに演奏した。日本側の出演者には本職がお医者さんで、趣味で歌われる方々もおられた。全員のコメントは長くなるので割愛するが、フォーレのピアノ三重奏曲は演奏者の赤、黄、青の三原色衣裳が舞台に映え、曲はフーシャピンクに染まり淡麗な味がした。シューベルトのピアノ三重奏曲は華麗で荘重、セレナーデ「学生王子」を歌った青山先生の迸るようなテノールの美声、最後のアンサンブル・メンデルスゾーンによるフランクのピアノ五重奏曲ヘ短調は五重奏曲ならではの美そのものだった。音楽美を表わす語彙が少なく私の感激を伝えにくいが、複合した弦の風合いが何となくサトウキビの束を思わせ、そのフィラメントのようなデリケートな明るい筋が陰のように寄り添うピアノの暗色で立体感を醸し美しいコントラストを作っていた。img_0130img_0146img_0157img_0159img_0164img_0173img_0197img_0202b3b9dfa603012231c22fa4265a31b2c71

今日は午後3時からSalon Classicで漆原啓子のヴァイオリンリサイタルがあった。ピアノはドイツ人、ヤコブ・ロイシュナー、絶妙のコンビだ。大きなコンサート・ホールで向こうの方に見る彼女の小さな姿ではない。億の単位のするストラディバリウスを持った彼女が目の前にいる。その音に耳を澄ます最高の贅沢。わざわざそれを聴くために東京からはるばるやって来てくれた人もいた。曲はモーツアルト、ベートーヴェン、シューマンのヴァイオリンソナタである。ストラディの音はまさに天上の音だ。細く繊細で光沢のある音色、その何本もが長く耳に心に快く響く。聴いているうちにクモの巣を思い出した。そんなものを思い出すのは冒涜と思われるかも知れない。でも下の写真をみて頂きたい。このクモの巣の美しさってない。これこそ彼女の今日の音だった。さらに宇宙のひも理論が過った。この箱(サロン)に散乱する“ひも”はまさに魔法のひも、クモの巣にひっかかったようにみなうっとりと目を閉じて聴き入っている。後であらためてネットで「宇宙のひも」を調べてみると次のような下りがあった。なるほどこんな連想も理由なしとしない。

物質はごく小さな粒子(素粒子)から出来ている、と長い間考えられていました。しかし、粒子ではなく、小さなひもであるとなったのです。素粒子の正体は、『目に見えない小さなひも』でした。これは、『ひも理論』と呼ばれています。「物質は、小さなひもから、音楽のように紡ぎ出される」という考え方です。「ヴァイオリンやギターの弦を、イメージして下さい。弦は、一定の振動で音が出ます。別のポジションを押さえれば、別の振動になり、別の音になります。宇宙は、目に見えないひもが奏でる、色々な音(振動)で出来ているのです。」私たちは突然、『宇宙は交響曲であり、物理法則はひものハーモニーである』と気づきました。

今日のこの演奏を今日ここに着いたばかりのベルギーからの室内楽団、アンサンブル・メンデルスゾーンが熱心に聴き入っていた。

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2016年10月22日 (土)
三舩優子ピアノリサイタル

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昨日に引き続き今日も私は音楽漬だ。今日は三舩優子氏のお好きな曲ばかり。バッハのフランス組曲、ドビュッシーの沈める寺、花火、ブラームスの三つのインテルメッツォ、ラウマニノフの前奏曲にシューマンの交響的練習曲など。彼女はニューヨークに生まれ、帰国して桐朋学園大学に学び、後に文化庁派遣研修員としてジュリアード音楽院に留学したニューヨークっ子。そんな彼女だから私は彼女に会うといつも私の好きなニューヨークの香と風味(フレーバー)を味わう。昨日の漬物は望米酒(モーツ・ベート・シューベ)漬けだったが、今日のはエネルギッシュでダイナミックなニューヨーク風味の圧力漬けだった。そうそう、今日のドビュッシーの演奏中、頭を過ぎったことがあった。それはこの曲が画家デュフイ(Dufy)の絵の色調に似ていると思ったことだ。帰って調べてみると、案の定次のようにあった。

「クロード・ドビュッシー頌

デユフイがいかに深く音楽を愛していたかは、-中略―ドビュッシーの知性と感性のアラベスクを、デュフィはもっともフランス的な洗練された色彩で象徴した。-略―と。

私の描いたニューヨーク(20号、油絵)の前で記念の写真をパチリ。

 

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今日(10/21)は18時よりSalon Classicで福間洸太朗氏のピアノリサイタルがあった。さすがパリ国立高等音楽院、ベルリン芸術大学、コモ湖国際ピアノアカデミーで学んだだけあってその迫力は違った。追っ掛け人気のあることも道理だ。今日は三大楽聖のキセキ~幻想~と銘打って、モーツァルトの幻想曲Kv397と475、ベートーヴェンの幻想曲Op.77と『月光』、休憩を挟んで、シューベルトのグラーツ幻想曲D.605aとさすらい人幻想曲D.760だった。まことに魅力満載のプログラムだった。

モーツァルト曲の美しさは人間レベルで味わう美というより神様レベルで味わう美だ。こんな重厚で荘厳な曲を30歳未満で書き上げたとは!動と静、陰と陽で作るファンタジーとドラマをたっぷり聴いた。私の受けた印象カラーは赤紫だった。

ベートーヴェンの名言に「苦悩を突き抜けて歓喜にいたれ」というのがあるそうだが、まさにそれだった。ベートーヴェンが聴覚障害を感じ始めたのは28歳ごろで、この『月光』が作曲されたのは30歳、音楽家にとって致命的な聴覚障害を乗り越え、突き抜けて作曲したのがこの曲。それだけに曲終盤はこの世の全てが崩れ落ちるかのように音楽が衰退し、そこから一気にエネルギーを爆発させて終わる。これぞ歓喜である。印象カラーは青黄だった。

シューベルトが有名な歌曲「さすらい人D.489」を作曲したのが、1816年10月、ちょうど今から200年前。この曲の中に「私はどこにいてもよそ者だ」というフレーズがある。これを単一モチーフにして切れ目なく劇的に展開していくのが、この「さすらい人幻想曲」である。この曲が作曲されたのはシューベルト25歳の時。彼は寝ても覚めても新しいメロディが次々に頭の中に流れていたそうである。印象カラーは橙灰。

今日(10/5)はウィーンから来たハーピストのエリザベス・プランクさんを迎えての秋のジョイント・リサイタルがSalon Classicであった。エリザベスさんはウィーン国立音楽大学を出たパリパリの若いピチピチの美女だった。出演したのは関西の音楽大学に在学中や卒業後間もない音楽学生さんたちでこれからが楽しみな人材ばかり。長くなるので皆さんの演奏ぶりは割愛するが、エリザベスについて少し感想を述べておきたい。

ハープは紀元前3千年も昔からメソポタミアやエジプトに存在していたといわれる。太陽神アポロが、狩猟の女神ディアナの引く“弓”の発する音色に魅せられて創ったのが最初だという。その音色は、天上的で、天使が雲の上で一音ずつ掻き鳴らすさざ波のようだという。なかなかうまく表現したものだ。今日のエリザベスの手付き、左右10本の指で掻き鳴らす音が部屋中にこだましてまさに天使がSalon Classicに降り立ったようだった。

10/6は西宮北口の松尾楽器店リサイタルルームでオータム・ジョイントコンサートがあった。

ハープと聞くと直ぐに連想するのがポセイドンやニンフ、サイレンなどギリシャ神話に出てくる神々である。とくにホメーロスの『オデュッセイア』に登場するサイレン(セイレーン)は昔見た映画を思い出させ、あの岩間から聞えてくる人魚のブヨヨヨーンとした響きこそ私の耳に今も残るハープ音である。そんな音の再現と人魚のイメージを昨日のエリザベス・プランクが思い出させてくれた。これは西宮北口の松尾楽器店リサイタルルームで行ったオータム・ジョイントコンサートの彼女の演奏である。

当日、みなさんの写真をタブレットで撮ったが、残念ながら、タブレットが壊れてここに掲載できなくなった。「中西隆夫」名のフェースブックを見て頂ければ、エリザベスの演奏の一部を聴いていただけます。その代わりに両日のチラシを掲げて置きます。

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今日は午後2時から宮崎剛さんの演奏活動25周年を記念するピアノソロリサイタルがSalon Classicであった。テーマは~「愛」を奏でる~で、前半はR.シューマンの結婚する前日までの作品、「子供の情景」より「異国から」「トロイメライ」、「幻想小曲集」より「飛翔」、次に「アラベスク」それにリスト編曲の「献呈」と続いた。次にショパンのバラード4番。小休止の後、エルガーの愛の挨拶、クライスラー(ラフマニノフ編曲)の「愛の悲しみ」だった。

私の今日の印象として、ショパンがきらびやかに夜空を飾る星座とすればシューマンは鏡のように静かに水を湛える湖面を思わせた。一方がより叙情的とすれば他方はより思索的に思われた。

さていつものようにこれからが宮崎さんの真骨頂。客の皆さんからジャンルを問わず色んな曲をその場でリクエストしてもらい、15曲(写真参照)集まったところで一呼吸置き、次から次へとそれらを順番にメドレーで弾くという芸当をやってのけるのだ。どのような曲が飛び出すか分からないのにそれを全部暗譜で一思いに弾くかれの頭の中はどうなっているのだろう。うっとりとその快いピアノ音に聴きほれていた。

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(9/20、9p.m.)先ほどイヴ・アンリと芦屋川駅で別れました。来年はここでなくノアンで会おうと約して。今日は彼を客演にジョイント・リサイタルを開きました。どの出演者もレベルが高く、その素晴らしさを高く評価しながらも音楽評論家でもない私には個々に論じることはできません。ただ客演で弾いたイヴ・アンリの素晴らしさをここでもう一度語りたいと思います。

私の音楽の聴き方は絵画の見方に通じ、小説を読むに等しいのです。絵画には構図があります。どんよりした今日のような曇天の向こうに明るい青空が覗き、明日への希望を抱かせる光の一群がカンバスの上方に現われるように、ピアノが沈んだ音の中から突然澄んだ明るい音群を響かせます。彼はまたピアノによるストーリーテラーと言いますか、物語のナレーターです。小説には出だしがあり山場があります。彼は落ち着いた、しっとりした口調で聴く者の胸に迫るように話を静かに進めて行きます。一本調子では全くなく、また息をつかせないせっかちさも見せません。余裕の間を充分に取りながら、味のある声でまろやかにゆっくりと小声で語ることもあれば、怒気を含むような大声で話すこともある。寂しい孤独な音が途中で一つなることもある。その一音に万感を感じ、そのメリハリに酔うこともありました。日本の巻紙のように時間とともにただ単に単調に流されるのではなく、私は一つのカンバスの構図を眺めるように、また小説の浮き沈みを探るように音のハーモニーと強弱を心行くまで味わうのでした。

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今日(9/18)はうちのSalon Classicにショパンがやってきた。迎えたのは彼の親友、画家のドラクロワだった。そんな関係を思わすイヴ・アンリと私の仲だ。イヴ・アンリはあのショパンの恋人、ジョルジュ・サンドの住処、ノアンに別宅を持つ有名なピアニストで、フランス文部省より「芸術と学問騎士勲章」を二つも受賞した誉れ高い、私より二回り若い大音楽家である。しかし極めて気さくな男で、4年前に知り合ったその日から有馬温泉に一緒に出掛けて温泉に浸かった仲だ。私はフランス語などできないが、とにかく波長が合うことは互いに合った瞬間から認め合ったようだ。

とにかく、かれのピアノ演奏は素晴らしい。文句なしにいい。優美で流麗であり、聴く人を恍惚状態に陥れるほどの魔力を放っている。夢見心地の旋律は、聴く人を一瞬にして惹き付ける。本当に美しく甘く、そして一抹の切なさと不安をないまぜにして、恍惚とした極上の旋律が絶え間なく流れて行く。こんな美しい旋律がこの世にあっていいのかと思うぐらいである。

彼と今晩一緒にワインを傾けながら話していると、パリ市内にある彼の自宅から徒歩2分のところにサロン・ロマンティークという45名しか入れない音楽サロンがあるらしい。うちのSalon Classicとかなり似ているという。ショパンの時代、特にピアノの詩人と言われたショパンは好んで小さなサロンで繊細な音を出すプレイエルという名のピアノで演奏をした。今日はイヴ・アンリ氏のレクチャーリサイタルで、ノアンで暮らした歳月に作曲した曲を、プロジェクターでノアンの光景を写しながら演奏した。画家のドラクロワがショパンを愛したように私はイヴ・アンリーをこよなく愛す。アンリーがこの11月にリリースするCDのジャケットに私の油絵を使う予定と今日言ってくれた。大変名誉なことである。

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今晩(8/14)は7時よりSalon Classicで武庫川女子大学の宮下朋樹准教授とその門下生お二人(木村奈緒子さん、横山愛沙美さん)のコンサートがありました。IMG_2542

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今日(8月14日)は第27回アゼリア音楽会がSalon Classicでありました。

今日は男性群、なかでも高齢男性の歌唱が圧巻だった。それぞれのプロフィールは別紙に見る通りだが、小林和生さんは79才、サラリーマン定年後の活躍は見事。その堂々たる姿勢、歌いぶり、高音もものかわの熱唱。テノールの魅力を見せつけた。松岡茂雄80才も負けじと歌う。こちらもプロではないらしいが、男性合唱歴60年、その迫力に圧倒された。お二人ともまだまだこれからの感じ。自らの高齢をよそに老人ホームで老人を歌で慰めている由。変わっては若手の本チャン、新屋良太さん。ドイツで勉強した本格派。その迫力は鬼気迫るものがある。鬼のような顔つきなのだから。失礼、失礼。

一方、女性では田林可奈子さんがピアソラやヒナステラを弾いた。大学は農学部、大学院は人間環境部、頭のいい人は何でもこなす。曲も一味違った。とくにヒナステラでは機関車がシュシュポッポ、シュシュポッポと走るように、機関銃がバリバリバリ、バリバリマリと発砲するように聞こえた。IMG_20160815_00010001IMG_20160815_00020001IMG_2484IMG_2488IMG_2499 (2)IMG_2503IMG_2516IMG_2517IMG_2521IMG_2507

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今日(8/13)は甲東ホールで上記のプログラムで新進気鋭の若い人たちによるコンサートがありました。

 

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8月12日昼間の打ち上げは我が家の自宅でしました。国際色豊かで、昼間の三人に加え、今、ドレスデンの合唱団で歌っている古田昌子さんらが加わり、飛び入りの余興も入り会が盛り上がりました。音楽の世界も狭いと見えて、あの人知ってる、この人知ってると、一度に友の輪が広がった感じでした。スイス、イタリア、スペイン、フランス、ベルギー、ドイツ、オーストリアのあちこちで住んだ経験のある彼女たちはスケールが違います。話題も豊富だし、決然と自分の意見を披露します。そうしないと向こうでは生きていけないのでしょう。日本人のお人よしだけでは世界は回っていかないようです。

JR芦屋駅近くに「サロンclassica」という会員制クラブがあります。われわれのSalonClassicと紛らわしいですが、昨日はそこでコンサートがありました。出演は元眼科医でピアニストに転身したライプチヒからの坪井真理子さん、東京藝大を出て、今、マドリッドの王立歌劇場の専属オーケストラでヴァイオリンを弾いている伊藤真由美さん、それにベルギーから来たブリュッセル王立音楽院准教授のニコラ・デルタイユ(チェロ)の三人でした。

サロンclassicaはビルの3,4階吹き抜けの天井が高く、明るい、広い空間で五十人ほどの聴衆が演奏に聞き惚れていました。曲はいずれもみなに馴染み深い美しきロスマリンやチゴイネルワイゼン、子犬のワルツ、愛の挨拶、夢のあとに、白鳥、最後は三人によるメンデルスゾーン、ピアノ三重奏曲でした。

音楽家という人たちは舞台で演奏を始めると一度に芸術家に変身します。先ほどまで朗らかに談笑していた普通の表情が、演奏に入るやぐっと引き締まり何かに陶酔したような無我の境地に変わります。その変化の妙が私には堪えられません。今日の舞台はとくに赤と青の衣裳がよく映えてチェロの褐色とチェリストの黒とともにルネッサンス期の絵を見る思いがしました。

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夜の部(19:00から)

武庫川女子大学で今ピアノを勉強している三年の和才愛佳さんがR。シューマンのアベック変奏曲Op.1を、また同学年の中北真帆里さんがC.シューマンのロベルト・シューマンの主題による変奏曲Op.20を弾いた。一生懸命に弾く姿勢に好感が持てた。これからの逸材である。次は三浦颯太君のピアノ。今はまだ高校生だが幼少の頃から数々の賞を受賞している。名前の颯が示す通り颯爽と弾く。曲はショパンのスケルツォ第3番、バッハの平均律クラヴィーア曲集第2巻第20番、ショパンの練習曲作品25-8、スクリャービンの練習曲作品42-5.ダイナミックで将来が楽しみな期待の星である。

ニコラ・デルタイユは野村昌子さんのピアノで、エルガーの愛の挨拶、フォーレの夢のあとに、ドヴォルザークのユーモレスク、ラフマニノフのヴォカリーズ、サン=サーンスの白鳥、それにアンコールとして浜辺の歌だった。

チェロの音色ってほんとにいい。ピアノは段々と音が減衰して行くが、チェロは逆にボボボーンと次第に盛り上がって行く。その二つの楽器音の微妙な高低バランスがよい。チェロは非常に繊細だが複雑で音に甘味な厚みがある。倍音が幾重にも重なるからだろうか。それが赤紫色して私の心を打つ。とくにフォーレの「夢のあとに」とサン=サーンスの「白鳥」にそれを感じた。

 

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古田昌子さんが観音様ならその右の森上芙美子さんはアヴェマリアだ。

今日(8/7)から立秋とはいえ外の暑さといったらない。しかしSalon Classic内は涼しい。ベルギーから来日のニコラ・デルタイユ(チェロ)を客演に迎えて今日は昼と夜、二回のジョイント・コンサートを開いた。今年はベルギーと日本が友好関係を樹立してから150年になる。この11月にはそれを記念してメンデルスゾーン・アンサンブルによるコンサートがThe Music Center Japan主催で関東、関西、九州で行なわれるが、それに先んじて、そのアンサンブルメンバーの一人でもあるニコラが美しいチェロの音色を響かせた。

その模様をざっとお知らせしよう。

昼の部(14:00から)

最初の演奏者ははるばる鳥取から駆けつけてくれた中一の岩間澄怜さん(ピアノ)、ショパン国際ピアノコンクールin Asiaの地区大会で金賞を取っただけあって、弾くハンガリー狂詩曲にはしんみりと聞かす情感に溢れていた。

二番目は森上芙美子さん。国立モスクワ音楽院大学院を修了し、京都市交響楽団と共演されるだけあってその演奏の流麗感はすごい。曲はショパンの即興曲、ノクターン、エチュードなどで、これがロシアピアニズムというものなのだろうと感心した。

次にニコラのチェロ演奏が続いたが、このコメントは夜の部と一緒にしよう。

最後は古田昌子さんのメゾ・ソプラノ、鎌田史子さんの伴奏で、「浜辺の歌」「初恋」「しぐれに寄する抒情」それからグルックの歌劇“オルフェオとエウリディーチェ”から「エウリディーチェを失って」とサン=サーンスの歌劇“サムソンとデリラ”より二曲、「あなたの声にわが心は開く」と「愛よ!か弱いわたしに力を貸して!」だった。

もうこれは圧巻そのものだった。堂々とした舞台度胸と低音で彼女の存在感を聴衆に強く印象づけた。イタリア・ミラノで勉強し、A.カタラーニ国際コンクール現代オペラ部門で第2位受賞、現在はドイツ・ドレスデンに居を移し、ザクセン州立歌劇場の合唱団に所属しているそうだから舞台慣れをしているのは当たり前だろう。

私を印象づけたのは歌っている時の顔の表情。大げさなジェスチャーは一切なく、常に両腕を体の両脇に付けたまま、顔の表情だけで歌を歌い上げる。歌う直前の表情にこれから歌う心の魂が乗り移つり、歌い出すと没我の境に入り陶酔している、思わず観音さまを想像した。音を観るとはこのことだと悟った。まさに古田昌子は観音様そのものの表情をしていた。

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今回のデイヴィッド・コレヴァーの公演は今晩で全て終わった。ご苦労さん、お疲れ様と我が家で缶ビールと19度の日本酒で乾杯した。もう二十年以上も付き合っているアメリカの息子のような存在のピアニスト、ディヴィッド54歳。彼と酒を飲んで、今日は新しい単語を学んだ。Metierだ。彼曰く、「ボクのMetierは音楽だけど、たかおさんのmetierは創造だ。」と。「Metier?、何じゃ、それは」と訊くと「専門分野のこと」だという。かれは私のサラリーマン時代から知っていて、会社から帰ってきた時のあの浮かん顔の隆夫が、定年後、生き生きして、音楽や絵画、詩、エッセーに手を出している。この男は道を間違ったらしいと思っているらしい。まぁ、それは当りだろう。家内ともども話が弾んで今夜は楽しいひとときを過ごした。
さて、本日(2016.7.3)の本論。今日は2時からSalon Classicでディヴィッド・コレヴァーのソロリサイタルと18:30からディヴィッドを客演にしたジョイント・リサイタルがあった。
今晩のジョイント・リサイタルは私という素人音楽鑑賞家にとっては大変よかった。アマチュア…とプロの腕前が比較できたからだ。以前にも言ったことだが、日本人というか素人のピアニストはみな、鍵盤を叩いた時、パシャという、水面に皿をぶつけたような、水が四方八方に飛ぶ、拡散した、ひしゃげた音がする。一方、プロのディヴィッドの音は、水底を目指したような、ゴボゴボと言った求心的な音がする。一方は拡散、他方は求心と丸反対の音がする。そんな風なことを考えながら、今日のイサイタルに臨んでいた。
ディヴィッドのソロ演奏会の最初はベートーヴェンの『熱情』。これを聴くなり、あぁ、これはナイアガラ瀑布だと思った。高みから何百もの筋となって大音響とともに落下する滝、ごつごつした黒い大岩に当って砕ける水煙、次に調子変わって静かに流れる抒情的な川、かつて見た渓谷の姿を思い出す。再度、また滝、観光船が上下左右に揺れ動くミストの中、綺麗な虹が射した。そんな勇壮な姿を『熱情』に見えた。
処変わって今度は1924年のナポリ。南イタリアは昔のギリシャの領土。そこに根付く土俗的で土臭い世界。この世に生きた限りは上も下もあるものか、古い教会の前で男女が歌えや踊れやと大変な賑わい。マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコのナポリ狂詩曲だ。いつ果てるともなく戯れるムードにこちらが酔う。
次はベニス。ゴンドラに揺られ、舟歌を聞きながら、たゆとうとした気分で、しばし周囲の海水の動きを追う。波頭はみな同じ大きさで一面に統一感があり、青々した紺碧の海に吸い込まれそう。まさしくデイヴィッドの弾くピアノ音こそ、底に向けて求心的に発する統一的なゴボゴボという音だった。これがピシャでは締まらない。マネの印象画を見るようなショパンの舟唄だった。

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今日(2016.7.2)は2時から漆原啓子とDavid Korevaarのデュオ演奏会がSalon Classicであった。 もうこの二人の仲立ちをして20年以上になる。いつもながらの名コンビである。 二人を評する言葉はもはやなくなったが、今日はまた新たな感想が湧いた。それは「音は光」であるとの再認識だった。漆原啓子が弾くヴァイオリンは、数億円はするストラディバリウスだが、それが人形浄瑠璃の人形に見えてきた。物体に過ぎない人形も後で操る黒子によってあのように生き生きとした豊かな表情を見せるように、この楽器も、一つの物体に過ぎないが、黒子の漆原啓子の手に掛ると、こんなにも表情豊かな生き生きとした音を発する、その見事さに感心してしまう。物もよければ黒子もよい。あの弦を弄る左手の指の動きを見よ。ずっと振動し放っぱなしである。あの弦を上下する弓の右手を見よ。弓が左に傾き、右に傾くとき、鮎の鱗が向こうでキラキラ、こちらでキラキラする感じではないか。あの光沢あるか細い糸は黒いピアノの布地を縫う絹糸の金糸、銀糸の光のようだ。木をかんなで削りに削ったときに見せるあの艶々した赤っぽい光沢の木肌、頭を何かにぶつけた時、目から飛び出すあの光、そんなあらゆる光が音となって、いや、反対、音が光となってフェルメールの光のように私を襲ってくる。最初のモーツアルトのヴァイオリンを聴いては、どこか19世紀のサロンで二人の貴婦人が上品な会話を交わす光景に見えてきたし、二番目のドホナーニのヴァイオリンソナタを聴いては、墨絵で描かれたどこか竜虎の幽玄さが感じたし、最後のフランクのヴァイオリンソナタを聴いては大勢が群がる華やいだダンスパーティの夜を思い浮かべた。

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今日(2016年6月22日(水)は7時からSalon ClassicでDavid Korevaarさんを客演に迎えて、神戸女学院出身の方々によるフルートの演奏会がありました。前半がフルート、後半がピアノでした。後半のパワフルなピアノに比べると前半のフルートは雅で、そのくすんだ色がひらがなの草書を見る想いでした。かすれた部分、まろやかの部分が平安朝のお公家さんの遊びを見る想いでした。

一方、ディヴィッドのショパン(バラード、ノクターン、舟歌)演奏は今日もメリハリが効いていて、水面に音がコボッと白い水柱を立てて深く沈んでいきました。時々、ハッとするような光さえ発していました。決してお皿を水面にぶつけたようなへしゃげたパシャンという音ではありませんでした。多くの人たちが弾くショパン、やはりDavidの音は一味違いました。先ほどまで二人で家で飲んでいましたが、今日の感想は今日の中に述べないと忘れてしまいます。いつものように独断と偏見の素人評論です。

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今日は2時からSalon Classicで武岡徹氏の歌曲、(伴奏:登士子夫人)コンサートシリーズVol.2があった。もう圧巻も圧巻、言葉を失った。

白いタキシードに黒蝶ネクタイの細身の紳士、齢、何と八十ニ、三、肘をグランド・ピアノの上にわずかに置き、悠々迫らず、抑制の効いた美声を轟かす。その声は正調そのもの。昔、カーネギー・ホールで見たピアニストのバイロン・ジャニスそっくりの品格を客に放つ。

驚きはその暗譜力、暗唱力。八十二、三にしてその身の回りには一切紙切れ無し。身一つで、ブラームスからベッリーニ、赤いサラファン、はるかなるサンタルチアときて、フォスターの「夢路より」で前半が終わる。(ごく一部を挙げた)後半はぐっと趣を変えて、狂言風の「鴉」、李白の「山中問答」、やっとお馴染みの日本歌曲「ゆりかご」「城ケ島の雨」「初恋」「この道」とくる。(これもごく一部)

ブラームスの「如何にいますやわが女王」から李白の「早に白帝城を発す」まで徹氏自ら明治調の古式豊かな日本語で訳している。その文学的才にも感心する。

今回のシリーズ2の表題は「緑の葉影」。その題名の示す通り、この爽やかな五月に相応しい曲ばかりを選んだ眼力、いや声力か、ドイツ、イタリア、ロシア、アメリカ、中国、日本の曲の中に棲み込み、清澄に、純情に、しかし凜として、情感豊かに、いささか裏声的に唄い上げるその実力は長い長い鍛錬の賜物だろう。八十を過ぎた男の総決算的歌唱にこの人の蒸留水的真骨頂を見た。おぉ、忘れていた。登士子夫人の可愛い姿。その夫に伴うピアノは只者ではない。元大阪音楽大学教授なのだから。次回シリーズ3は今秋だろう。今からもう愉しみである。このシリーズは永遠に続くだろう。

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2016年4月15日 (金)
Tokyo-Bruxelles Trio

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2016年4月2日(土)開演14:00

 

2016年4月11日 (月)
The Spring Joint Recital(8)

2016年4月10日(日)開演14:00

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2016年4月9日(土)開演19:00

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2016年4月9日(土)開演14:00

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2016年4月8日(金)開演14:00

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2016年4月6日(水) 開演19:00

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2016年4月5日(火)開演19:00IMG_4175IMG_4178IMG_4181IMG_4183IMG_4186IMG_4191IMG_4204IMG_20160405_0001

2016年4月4日(月)開演19:00

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2016年4月3日(日)開演:19:00

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ベルギーから来日したチェリストのニコラ・デルタイユ氏とのジョイントコンサートなどがSalon Classicで4月2日から10日まで連日連夜催された。筆者、風邪のためレポートが遅延した上、感想や印象も書けないが、写真とプログラムでコンサート模様をご覧ください。

2016年4月3日(日)開演14:00

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2016年3月21日 (月)
梯 剛之ピアノリサイタル

今日は午後から有名な梯 剛之氏のピアノリサイタルがSalon Classicであった。さすが有名なピアニストだけあって遠く東京、岡山、石川から駆けつけてくださったファンもあり、80名近い超満員の聴衆の前で美しい音色を響かせてくれた。落ち着きのある端正で清澄な響きの中に同氏の魂が籠っていてそこには何の衒いもなかった。

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今日のプログラムはモーツァルトのサルティの主題による変奏曲、ショパンの幻想即興曲、子犬のワルツ、シューベルトの楽興の時、ベルクのソナタ第一番、それにベートーヴェンのソナタ作品110等だった。

これらを聴きながら各曲が醸し出す独特の色彩感をカラーチャートの中から探り出し、その部分を写真にしてみた。どの曲を聴く場合も、出だしから一、二分間、瞑想して聴き、そこに現われるいろんな色彩感にできるだけ似た範囲をカラーチャートの中から選び出したものである。これらはもちろん主観的色彩感だが曲によりかなり大きな違いが生じること自体が非常におもしろかった。今後も同じような実験をしてみようと考えている。

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終演後、梯氏を囲んで懇親会を開きアットホームな雰囲気の中で話に花が咲いた。明日は私の80歳の大台に乗る誕生日、その前夜祭に臨んでいるようで本当に楽しかった。

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今晩は。今日は午後2時からドイツ、ライプチヒより坪井真理子教授を迎えて早春のジョイント・コンサートをSalon Classicで行いました。坪井先生は京大医学部ご出身の眼科医でいられましたが、ドイツに留学中、すっぱり医学を辞めてピアニストに転向されました。情熱的でエネルギッシュ、迫力満点でした。出演された方々の中にも本職は医者、ピアノは趣味という人もいました。できる人は何でもできてしまうのだと感心しました。プログラムは下記の通りですが、私は先日、自分で作ったアートチャートの初適用をしてみました。主観的なものですがおもしろく感じました。

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もう夜中12時10分前だ。しかし今日の印象は今日綴っておかなければ明日はもう印象が薄れる。今晩はアンソニー・ヒューイットのソロリサイタルが7時からあって終わったのが9時前。それから我が家でワインを傾けながら雑談して今やっとパソコンの前に座った。アンソニーことトニーと親しく話すのは今晩が初めて。彼の45歳の誕生日がこの3月27日なら、私の80歳の誕生日は3月22日で同じ3月生まれということで気が合った。

さて、今晩の彼の数々の演奏は非常に楽しかった。プログラムは以下に掲げるとおりだが、私は始まる前から一つのチャート・アートを用意していた。それも下記するが、食事をしながらトニーにそれを見せると非常に喜んで、stone henge の絵のようだという。Stone Hengeとは彼の故郷、イギリスの(古代先住民族の環状巨石群遺跡)である。そのstoneからsを取るとtoneになり、音を指す意味となる。音のチャートというわけでなかなかのウイットの持ち主だ。そのチャートを写真にとりながら彼いわくこんなの初めて、非常に独創的だ、きわめておもしろいといった。くどくどしい説明は避ける。このイラストを見て想像して欲しい。これはあくまで私の独断と偏見であり皆に通用するとは思わない。しかし、彼の数々の曲を聴きながら私の視点、いや聴点で一つの作図をすること自体が極めて面白かった。音に集中しなければならなかったからだ。そしてこのチャートに相応しい色付けを蝶々の色から取って当てはめてみた。彼との今晩の会話内容は豊富で非常に面白かったがそれはもう遅いから割愛する。

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今日(2/16)は夜7時からイギリスよりピアニストのアンソニー・ヒューイット氏を迎えて冬のジョイントリサイタルをSalon Classicで開いた。アンソニーは、イギリスは北のカンブリア育ちだが、17歳で米国フィラデルフィアの難関カーティス音楽院を卒業した偉才、なかなか立派な腕を披露してくれた。一番バッターはフルート二本とピアノ、柿本夏奈、森脇佑季それに森脇貴幸の皆さんだった。F.ドップラーのDuettino onAmerican Motifsでアメリカ国歌が出てきて思わず姿勢を正した。アメリカに住んだ名残りがこんなところでこんな風に出るとは!次の細川利恵子のフランク:プレリュード、コラール&フーガがよかった。やはり私はどちらかというとフランス的なのだ。次にアンソニー。なかなかなものだ。今日はピアノの調べを聴きながらあらためてクラシック音楽の聴き方について考えた。大勢の観客の中には自らピアノを弾く人も多かろう。その人たちは彼のピアノにテクニック上のヒントを求めているかも知れない。しかし楽器のガの字も知らない私などはただ音の調べに流されながら聴いているだけだ。しかし、今日はクラシック音楽が長編詩に思えてきた。詩を読むとき、読むなりわが情感にすぐ響く詩もあれば、しばらく沈思黙考して初めてそのよさが分かる詩もある。長編詩になるほど情感への訴え方が読み進むにつれて違う。これを音楽にあてはめれば、たとえば、ショパンやベートーヴェンの曲は情感直接型だがシューマンやブラームスの曲となると私の場合は沈思黙考型になる。そういう意味で、今日の細川利恵子のシューマンやアンソニーのシューマンやブラームスは奥深くてじんわりと来る味わいを教えてくれた。

 

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今日(2/12)は比較的暖かい日、午前11時からSalon Classicでアコーディオニストのヴォルフガング・ヘルツレ氏とともに午餐会コンサートを催しました。何年振りかでお会いしましたが元気そうでした。どこかで聞いた名前とおっしゃる方も多いかと思いますが、そうです、彼はかつてNHKドイツ語講座の音楽担当でした。日本に長く住んで日本各地でアコーディオン・エンターテイナーとしてつとに聞こえています。今日はいつものクラシックと違って私も楽な気持ちで聴けましたし、また今や珍しくなったアコーディオンの音色に懐かしい思いをしました。もう目の前にバレンタイン、今日はそのバレンタインに因んで第一部は世界の愛の名曲の数々を弾いてくれました。

ウィーンわが夢の街、ボンジュールアヴィニオン、オーシャンゼリゼ、オ・ソレ、ミオ、アムステルダムのチューリップ、上を向いて歩こう、などなど、聴いている中に少し初め硬かったお客さんも次第にほぐれその中に手拍子を打ってリズムに乗ってきました。奏者もお客さんの間に出てきて一人一人の顔を見ながら奏でます。第2部はドイツ音楽、お馴染みのローレライ、菩提樹、野ばらのドイツリードメドレーが始まると皆さん一斉に口々に体を左右に揺らしながら歌い始めました。盛り上がったいい雰囲気です。エーデルワイスではヘルツレ氏の奥さんが多くの大中小の鈴を鳴らして演奏に加わりました。インデンベルケン、サーカスレンス、ドイツポルカとテンポの速い曲が続きました。今日の様子はビデオに収めました。

終演後、部屋を変えて軽食、お茶菓子で皆さんと楽しい団欒のひとときを持ちましたが、皆さんどなたからもこんな楽しいコンサートはなかったとか久しぶりだと伺い、主催者側として大変ありがたいことでした。

今日(2/10)は午後7時からSalon Classicでオフィス・ルチェーレ主催の若手実力派3人によるPiano Trio Concertが開かれた。ヴァイオリンの高瀬真由子はロンドン育ち、向こうでヴァイオリンを始め、帰国後、桐朋女子高校、桐朋学園大学で学んだ国際派。チェロの寺田達郎は愛知県岡崎市出身でやはり桐朋学園大学卒。ピアノの大野真由子は東京藝術大学卒。三人とも間違いなく言葉通りの実力派だった。
このホールは大きさから言ってこのピアノ三重奏辺りが一番適しているのかも知れない。三種の楽器が奏でる、違った弦の、違った太さの、違った音色が気持ちよくきれいに調和してホールを埋め尽くし、その音糸に我が身が完全に縛られてしまった。曲はドヴォルザークのピアノ三重奏曲第4番ホ短調「ドゥムキー」とメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第2番ハ短調作品66だった。どちらの演奏も甲乙つけがたい素晴らしいものだったが、私の曲の好みからいえば、どちらかというとドヴォルザークだった。この「ドゥムキー」は、ウクライナ起源の憂鬱な叙事的な歌謡バラードを指すようだが、スラヴ的な…愁いを含んだ美しい旋律が全篇に流れジプシー音楽やチェコの民族舞曲に影響された激しいリズムが織り込まれていて、それに酔わされてしまった。
この他ヘンデルのパッサカリアやアンコールではピアソラが弾かれた。

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今日(2/6)、Salon Classicで当社(The Music Center Japan)の運営する各種音楽教室の合同ミニミニ音楽発表会がありました。受験その他で参加できなかった人も多くほんの一握りの出席者でしたが実に楽しい会でした。やがて八十歳になる私から見ればひ孫といってもいい可愛い中村陽佳ちゃんから私たちの年寄り仲間と言ってもよい上原秀雄さんまで年令もバラバラ。楽器もいろいろ。ピアノに珍しいハープ、それにヴァイオリン。思わずどの演奏にもニコッとしてしまいました。ほのぼのという言葉はこんな時に使うのでしょうね。上手下手はおよそ関係ない。だってレッスンを始めたばかりの人もいれば退職後再開した人たちもいるのですもの。音楽、中でもクラシック音楽は、こうして一生懸命、無心に演奏しているみなさんに、またそれをじいっと聴いているみなさんにどんなことを語りかけているのでしょうか。きっときっと素晴らしいことを囁いていることでしょう。

7番さんは欠席でした。IMG_20160206_00010001

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2月5日、夜7時から始まったバロックギターの世界的名手、マルコ・メローニのリサイタルが先ほど終わりました。久しぶりに聴くバロックギターの音色は寒く暗い夜に慰みを与えてくれました。観客は多いとは残念ながら言えませんでしたが、参加された々方はどなたも熱心なバロックギターの愛好者とお見受けしました。終演後、マルコを囲んで熱心に質問されていました。 ところでこのギターの音色をどう表現したらよいか、大いに悩みます。決して派手ではなく、むしろ物静かで単調ですが、どこかに豆のような華があり、それがしんみりと心に響いてきました。 やはり曲がJ.S.バッハのものばかりだったからでしょうか。

線香花火が                          Small fireworks

物静かに心に                      Of classical guitar

赤黄紫の豆粒                      Quietly sparkle inside

火花を散らす                      Colorfully yet naively

バロックギターな夜            At dark night

お客さんからこんな声が聞こえてきました。

とにかくすばらしいというしかありません。最近はバロックオペラやバロック歌曲などの伴奏に盛んにバロックギターが登場します。リズム楽器的な役割が多かったのですが,独奏楽器として,これ一本でコンサートを持たせることが,まず奇跡です。ともかく,関西で企画してくれた方に感謝。もちろん,メローニさんにも。

昨晩(急遽)バロックギターのコンサートへ行きました。

素晴らしかった。。 もっと早く知ってたら宣伝したかった、、

彼は古楽の楽譜タブラチュアや奏法も研究していて、出版されていない曲から、 バッハのパルティータやシャコンヌをバロックギターvar.で聴かせてくれました。

やっぱり弦の音色はたまりません(´Д` ) 私達ピアノ弾きは、弦を響かせる事→いかにタッチを大切にしないといけないか という事を感じました。

弦が9本もあって湿度温度にデリケートで調弦が大変だそう。彼は「ギタリストは人生の半分は調弦している」と笑っていました(^-^)

素晴らしかったです。

 

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宮崎剛 コンサート・シリーズ2015の最後を締めくくる村上奈美(フルート)と宮崎剛(ピアノ)のデュオが1月31日、午後2時からSalon Classicで行われました。私は残念ながら都合により出席できませんでしたが、当日のお客さんから頂いたレポートを下記させて頂きます。
宮崎先生の本番はいつも雨…といわれて(?) いますが、今日は快晴でとても気持ちの良いお天気でした。順番にお聞きした解説と感想を述べたいと思います。
1.ドップラー:田園幻想曲
優れたフルート奏者であったフランツ ドップラーの代表作である、ハンガリー田園幻想曲はフルートの豊かな音色と表現力がふんだんに織り込まれていました。冒頭のメロディは日本の民謡にも似ていて、小節(こぶし)を思わせるかのような細かい音の動きや息づかいが、まるで尺八の響きを彷彿とさせました。
後半には、爽やかな風のような澄んだ高音と華やかで美しいメロディが会場のグリーンの絨毯と相まって、まるで草原にいるかのような広がりを感じました。
2.ショパン:ノクターン作品48-1
ノクターンには穏やかな曲が多い中、この曲は、恋人ジョルジュ・サンドへの熱い想いが込められており、平安なだけの曲ではありません。
小さな音を楽しむかのようなショパンの静かな内面を表す曲想から始まり、情熱をぶつけるような後半へと、ショパンの狂おしい心情が心に響いてくる演奏でした。
3.ショパン:バラード第1番作品23
ショパンのバラード第1番はショパンが20才の頃、ポーランドに住むショパンの友達が作った物語をイメージして作られた曲だそうです。
その物語とは、リトアニアの王子が奪われた祖国を想い取り返すも命を落とすと言う悲しいお話ですが、ただ悲しいだけではなく、祖国を想う王子の心がとても気高く尊く感じられます。
また昨年、羽生結弦選手が演じた曲でもあり、震災にあった故郷を想う羽生選手と王子とが重なり、それをイメージして聴いたバラード1番とても素晴らしかったです。聴きながら物語が進行していきました。
悲しみ、迷い、怒り、希望、いろんな感情がピアノを通してビンビン伝わってきました。クライマックスで命を落とすシーンさえも荘厳で胸に響きました。ピアノならでは、また宮崎先生ならではの芸術だと思いました。
4.ショパン:序奏とポロネーズ作品3
ショパンが若い時の、技巧を駆使した作品。
本来はチェロの曲ですが、フルートの透き通った高い音色にも、チェロとは違う趣きが感じらました。のどかな部分はフルートとピアノが寄り添うように語り合い、激しい部分はお互いが主張しつつも溶け合い、駆け抜けるような演奏で、ショパンの歌的なフレーズと息づかいが見事に表現されていました。
5.フランク:ピアノとフルートのためのソナタ
元々はヴァイオリンとピアノのためのソナタでですが、フルートにも編曲されています。弦楽の曲をフルートで吹くのは息継ぎなど難しいところも多いのだそう。この作品はフルートは独奏、ピアノは伴奏、ではなくあくまで2重奏的に奏でられるのですが、お二人の掛け合いがなんとも言えず絶妙で、本当にワクワクさせられました。
アンコール1.モンティ:チャルダッシュ
アンコール2.リクエストコーナー
フルートの村上さんにも参加して頂いてのリクエストコーナーでした。
北国の春→思い出がいっぱい→神田川→クシコスポスト→北国の春→「アルルの女」よりメヌエット(withフルート)→歌の翼に(withフルート)
2016年1月10日 (日)
David Korevaar Piano Recital

2016年1月9日(土)午後2時からSalon Classicで今回来日最後のソロリサイタルがあった。

それはもうすべてが圧巻だった。こんなあらゆる意味で強烈なコンサートは私のコンサート観を破ってしまった。凄い、の一語に尽きる。その素晴らしさは筆舌に尽くし難いが、ディヴィッド・コレヴァーの真骨頂、真価が今日ほど発揮されたことはかつてなかった。ディヴィッドから予め送られてきたプログラム解説を訳しているときから、内容の複雑さ、訳し難さを痛感していたが、なるほどこれがその実体だったのかと知って唖然としてしまった。ともかくパワフルでダイナミック、緩急自在、目に留まらぬ速さもあれば急ブレーキを掛けた遅さもある。明るさはあくまで明るく暗さはあくまで暗かった。それは音による現代絵画だった。たとえばワリシー・カンディンスキーやパウロ・グレーあるいはジャクソン・ポロックの作品を見る思いだった。ディヴィッドは音で詩や物語を書く詩人、文士であり、同時に絵を描く画家でもあった。聴く方も同じく曲を聴くというよりそれを通じてそこに何を見るか何を読むかを迫られたような気持ちがした。ヒンデミットの新鮮さもさることながら、今回、一番強烈な印象を持ったのはラヴェルの「夜のガスパール」だった。今までに何度も聴いた曲ではあったが、その重厚な暗さの美にとくに圧倒された。私が抱いた印象を上記の画家たちの作品で表すと次のようになる。1の着物はシューベルト曲、2の線画はヒンデミット、3はラヴェルのオンディーヌ、4は絞首台、5はスカルボ、6はリスト曲である。

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Today’s concert was the best I’d ever heard David playing. It was superb!  So powerful and so dynamic. The splendor is beyond description but David showed unmistakably the best and greatest part of him. He is not only a pianist on the keyboard but also a poet writing beautiful poems by pen and a painter of modern arts by brushing on canvas. I was today especially charmed by Paul Hindemith but more fully intoxicated by Maurice Ravel’s Gaspard de la nuit. They were like works by contemporary artists such as W. Kandinsky, Paul Grey or Jackson Pollock.

シューベルト 即興曲

シューベルト 即興曲

ヒンデミット ソナタ第3番

ヒンデミット ソナタ第3番

ラヴェル: オンディーヌ

ラヴェル: オンディーヌ

ラヴェル:夜のガスパール 絞首台

ラヴェル:夜のガスパール
絞首台

ラヴェル:夜のガスパール スカルボ

ラヴェル:夜のガスパール
スカルボ

リスト:メフィストワルツ第1番

リスト:メフィストワルツ第1番

今日は昼からある個人宅のベヒシュタインピアノのある広く綺麗な客間で寛いだサロンコンサートをさせていただいた。弾き手もピアノもともに喜び満足し合い美しい音色を奏でてくれた。最初のバッハのプレリュードとフーガでは部屋の最後部にいる私の眼前まで曲の幻がホノグラフのように彷徨い出てそれを私は掴みそうになった。また次のシューベルトの即興曲ではオレンジ色した満開の花園が目の前に現れ、艶のある花々の咲く光景は見事だった。ラヴェルのオンディーヌに至ってはコボッ、コボッとした少し高い、ゴボッ、ゴボッとした少し低い音がし、あざけるような笑い声が聴こえた。まさに水の精のオンパレードだった。次のショパンのバラードでは夜空に煌めく宝石の数々を見る想いがし、甘くセンチメンタルな気分になった。このような美しいイリュージョンを呼び覚ましてくれるピアニストも少ないが、それ以上にこのようなカラッとした音色を醸してくれた今日のようなベヒシュタインもそう見掛けない。非常に印象に残ったサロンコンサートだった。

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2016年1月7日 (木)
New Year Concerto

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1月6日(水)午後7時から横浜のリリスホールで2016年度Happy New Year Concertoが家内が立ち上げた湘南チェンバーオーケストラによって演奏された。残念ながら、小生は留守番役で参加できなかったため個人的感想は述べられないが、写真が送られてきたので、それらを掲載する。いずれDVDを聴いたときに感想を述べたい。

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2016年1月4日 (月)
2016 New Year Home Concert

今日一月四日は午後一時半から自宅で新年ホームコンサートを催した。2日に来日したディヴィッド・コレヴァー氏が客演である。

周囲の窓からカーテン越しに冬の柔らかい自然光が差し込み、黒いピアノの上に白く落ち、居座った2ダースほどの聴衆を淡いいぶし銀の空気で包んでいる。それはどこかフェルメールの世界にも似て、密室のホールとはまた違った薄明るい開放感のあるアトホームな雰囲気を醸している。演奏が始まるとカーテンの一部が閉められたが、なお明るい。お正月明けにこのような新年ホームコンサートが開けること自体が嬉しいことである。

同じ音楽でも聴く場所と雰囲気によって味わいが違う。ラウンジとダイニングとキッチンを一つにした30畳弱の空間でいわばお仲間たちと一緒に聴くクラシックは一人で聴いたり大小ホールで聴くのとは違って聴衆同士が家族に思え、音楽を聴く以上の喜びを与えてくれた。

今日のプログラムは、岩本美子と岡崎尊子がモーツァルトのソナタKV521第1楽章とドヴォルジャークのスラブ舞曲よりOp.46-1、Op.72-2を弾けば、渡真美がハイドンのピアノソナタ第62番Hob.XⅥ/52を弾いた。続いては森上芙美子がショパンのワルツ4番Op.34-3、6番Op.64-1、7番Op.64-2、5番Op.42を弾き、最後に客演のディヴィッド・コレヴァーがショパンの舟歌Op.60、ノクターンOp.15-2、スケルツォ第4番Op.54とアンコール曲にシューベルトを弾いた。

ピアノを聴いている私が今日かってにつけた音楽用語がある。音楽に素人の私が生意気にもつけた不遜な用語で恐縮の至りだが、そう感じたのも事実なので感じたままを述べさせてもらう。それは音に起きているというかタテに立っている音と寝ているというかヨコになっている音があることである。姿勢と同じで立っている音は濁りがなく縦に深く鮮明でクッキリしているが、寝ている音はいささか平板で横にひしゃげ若干濁りも感じる。それはピントのあった写真とピンボケの写真を見る思いだった。

終演後はお正月に因み、ワインで乾杯、自己紹介の後、小一時間ほどみな思い思いに歓談し、楽しいひとときを過ごした。

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今日はイケメンのオペラ歌手、バリトンの楠木稔と東京二期会所属の美女、ソプラノの和泉万里子によるクリスマスミニミニコンサート(~芦屋で優雅なひとときを~)がSalon Classic一階サロンであった。ミニミニどころか私の耳には大コンサートだった。その声量豊かな澄明な高音と低音は私を30年前のニューヨーク生活に連れ戻してくれた。今頃、あのいつも上から見下ろしたロックフェラーセンター辺りはクリスマスツリーが点滅してアイススケーターたちで賑わっていることだろう。またハドソン川に沿った郊外の古い町は一面真っ白な雪に覆われ、文字通りのホワイトクリスマス、その中をちょろちょろと燈の動くカンテラを下げて教会への一本道を一列に並んで歩いて行った、あの頃を思い出す。あの厳粛な祈りの場面、響いた讃美歌、今日の二人の歌と重なった。もう一度マンハッタンへ戻ろう。ちょうど30年前、私の50歳の誕生日は多発テロで崩れたあのワールド・トレード・センターの107階レストランで家族で食事をした後、今日、和泉万里子が歌ったミュージカル『キャッツ』を見た。あの「メモリー」は忘れようがない。「美女と野獣」も42丁目辺りで見たし、また、メトロポリタンオペラで今日の『フィガロの結婚』も『ジャンニ・スキッキ』も見た。遠い昔の世界が突如一度に脳裏へ蘇ってきた。和泉万里子はウィーンへ5年間留学していたというし、楠木稔も関西歌劇団に所属して全国を歌いまくっているという。またピアノの三浦奈津美もニューヨークのミュージックフェスティバルに出演したという。みなプロとしての腕前、喉前をいかんなく発揮してくれた。有難う。

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今日は2時からSalon Classicでアイルランド出身のライア奏者、ジョン・ビリング氏によるクリスマスライアーコンサートがありました。案内役は演奏も兼ねて八幡理恵子さん。

珍しい楽器に吸い寄せられた満席のお客さん、キラキラ輝くクリスマス・ツリーを眺めながらライアの癒しの音色にうっとりしていました。ハープの妹でしょうか。ハープを椎茸としたらライアはエノキタケです。その小さな楽器をタテにして裏から表から大柄なジョンの右手左手が抒情豊かに奏でます。そよ風がそっと頬を撫でるようなどこまでも癒しの音色でした。ギリシャ語源の楽器の英語綴りはlyreですが、そういえば英語のlyricは抒情的という意味でした。IMG_0993IMG_0994IMG_0999

頬を撫でる

微風に似て

ライアは

どこまでも

癒しの音色

 

As breeze

Gently

Kisses cheeks

So lyre sounds

Healing forever

 

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よかった。将来は大物。まだ23歳の新星。ロンドンで勉強中の彼。一杯生演奏を聴いてきた私がいうのだ、間違いない。目を瞑り眉間に皺を寄せて、陶酔し切った表情で弾く若きヴァイオリニストに栄光あれ。聴衆はみな大きなオルゴールの中に入れられた気分。思わず終演後、CDはないの、と訊いてしまった。お姉さんのような美人のピアニストに支えられて無心に弾く。このピアニストのしなやかな手の動き、身体の傾斜。雰囲気があった。彼氏いわく、壁の絵も演奏雰囲気に一役買ったとか、嬉しいことをいう。学生時代居場所がなかったという彼。これから一杯あるじゃないか。

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今日は上記のようなプログラムで二人の演奏があった。世界でもてはやされるだけのことはある。私たちは蝋燭の灯を知っている。火というより「あかり」であり「ともしび」である。火がゆらめき、よく見ると火の中に火があり、火の芯が筋のようでもある。青じんでいるところもある。そのような灯を眺めていると神聖な祈りの気分になる。ダヴィデのフルートの音色はいわば蝋燭の灯である。音の中に音の芯があり、揺らめきながら筋となって上っていく。アンコールで吹いたグノーのアヴェ・マリアなど聴いていると祈りそのものを聴いているようだ。それぞれの曲については私が翻訳し要約した解説をご覧頂きたい。

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上記のようなプログラムで皆さん素晴らしい演奏をされました。

IMG_0909 (1)北岸さんは農学博士、元大学教授。IMG_0911益々腕を上げる野村さん。

IMG_0913IMG_0917 (3)華やかなお二人IMG_0920 (3)まろやかないい音IMG_0924後期高齢者のオールドパワーもらった。IMG_0923 (3)

IMG_0930このスタイル、このイケメンぶりIMG_0938

今年もついに師走入りしました。一年が経つのは本当に早い。今年も欧米から多くの音楽家がこの小さなサロンに来てくれました。最後はイタリア、ドイツからです。かつてミラノスカラ座のトップ・フルーティストで現在ドイツ・シュトゥットガルト音楽大学の教授をしているダヴィデ・フォウミザーノとベルリン・フィルのコレペティをしていたフィリップ・モルが13年ぶりに来てくれました。ダヴィデは昨日ドイツから直行便で関空に着き、疲れた身体を我が家のタタミ部屋で癒し今日の演奏に臨んでくれました。タタミが気に入った理由を訊くとミラノの自宅もシュトゥットガルトのアパートも寝室はタタミ部屋とか。男一匹、フルート一本持って世界を駆け巡る背の高いイケメンがタタミとは!料理も日本料理がイタリア料理の次に好きだとか!!28歳だった彼氏ももう41歳、こちらもそれだけ齢をとったわけだ。この忙しい二人、今日のここでの演奏が終わると、直ぐに次の公演場所、福岡に飛んで行きました。

IMG_0955OLYMPUS DIGITAL CAMERA 2002年9月21日湘南国際村

のSalon Collinaにて

 

 

 

今日は久しぶりに正調の声を聴いた。タキシードに身を包み、凛として歌うその姿には気品が漂い、81歳と思えぬ美声が響いた。この光景はホールによくマッチして絵になり、歌う歌には花があった。根っからのロマンティストと見えて、ドイツ歌曲もイタリア歌曲も自ら翻訳、お蔭で歌の雰囲気がよく楽しめた。中学入学の頃(昭和23年)流行ったオールド・ブラック・ジョーに久しぶりに出会った。古今東西を網羅したその選曲に並々ならぬ意欲を感じ、アンコールに去り難い思いを感じた。本日の歌い手の名は武岡徹、元高校教師、ピアノ伴奏は奥方だった。

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今日(11/8)もダニエル・ルービンシュタインとのジョイントリサイタルがありました。これで芦屋で三日目となるダニエルとの秋のジョイントも終了しました。今日も昨日に引き続き歌のプログラムが多くありました。女性の声もいいが男性の声にほれぼれしました。ダニエル・ルービンシュタインのヴァイオリンを今日、眼前で聴くとまた少し印象が違いました。そのほんとに電球のフィラメントのように細く純正の音は一切濁らず、微妙に長く繊細で豊か、まるで平安朝の鞠の糸のようでした。 終演後、簡単な打ち上げをやり、自宅に戻るとウクライナから九州交響楽団のクラリネット奏者がやってきてダニエルらと話に花が咲きました。

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2015年11月8日 (日)
The Autumn Joint Recital 2

今日(11/7)は将来有望な少年ヴァイオリニストから熟達のプロのヴァイオリニストまで登場し、他方、ウィーンで5年間もオペラを学んだ美人のオペラ歌手が表情豊かに色んな歌を披露した。

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こんばんは。今日(10/25)も充実した芸術の一日でした。

今日は午後3時からSalon Classicで漆原啓子とヤコブ・ロイシュナー(ドイツ)のデュオ・リサイタルがあった。もう漆原啓子との付き合いはかれこれ20年以上に及ぶ。そんな彼女の熟達ぶりをずっと眺めてきたわれわれには名器ストラディバリウスもスタインウエイもそのままこの二人の姿だ。澄明で繊細、光沢を放つ絹糸のヴァイオリンの白糸の滝、その裏側で見え隠れするピアノの黒岩、そんな滝シャワーに心が洗浄されうっとりと聴き惚れる。ヴァイオリンとピアノで織り成す西陣織の四季の花。後半、ドビュッシーやサンサーンスを奏でる漆原の演奏姿をスケッチしながら彼女は花芯、その周りに開く色んな花の花弁。ドビュッシーは月見草から桔梗、クレマチス、百合、カサブランカに変化したし、サン=サーンスは鶏頭、ディジー、カーネーションを経て大輪の菊へと発展して行った。満席の観客の表情にも満足感が溢れていた。

IMG_0649 (2)IMG_0653IMG_0656IMG_0658

IMG_20151024_0002_NEW今日はSalon Classicで午後6時から福間洸太朗さん(ベルリン在住)のピアノリサイタルがあった。開場時間前から多くの客が受付前に並んだだけでもその人気の高さが分かった。今日のプログラムはプロジェクト4回シリーズのうちの第1回目で『三大楽聖のキセキVol.1つぼみ』と銘打って、モーツァルトとベートーヴェンとシューベルトの初期作品の演奏だった。

アイススケーターの高橋大輔と間違いそうな、長身のイケメンで青い蝶々を思わすような衣裳をつけた同氏の三大楽聖の話から始まった。18世紀後半から19世紀前半、つまり古典派から前期ロマン派に掛けて活躍した三傑の初期作品の演奏だった。このプログラムを見るなり、私はどの順序でこの三傑が好きか、今日こそそれを決しようと自問自答しながら熱心に聴いた。みなそれぞれ好みがあって違うだろうが、私の場合は、結局、ベートーヴェン、シューベルト、モーツァルトの順になった。ちなみに家内に訊くと彼女はシューベルト、モーツアルト、ベートーヴェンの順だという。みなで六通りの組合せになるが、観客それぞれ異なった好みになるも…のと思う。今日のリサイタルでこのような比較ができたのは非常におもしろかった。モーツァルトが私の場合、最後にくるのはそれが単調に感じられるからだが、当時の楽器の様相を想えばそれもやむを得ないのかもしれない。 洸太朗氏の演奏はその人柄通り優美で繊細、名前の如くみずみずしく光輝いていた。

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客演にシャンドル&アダム・ヤヴォルカイ兄弟を迎えてSalon Classicで。

北岸恵子(ピアノ)ボロディン:小組曲より 第2曲、第6曲 ショパン:練習曲Op.10-3「別れの曲」スケルツォ第3番嬰ハ短調Op.39

IMG_0379したものです。二足のわらじを履いて。

谷川由岐子(ソプラノ)伴奏:上岸芳子 モーツァルト:楽しい安らぎをK152、歌劇「フィガロの結婚」より”とうとう嬉しい時がきた~恋人よここに~””喜びに踊りて”、ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いたときK520、木下牧子:夢みたものは

IMG_0381この可憐な姿と声

山内瑤子(チェロ)高橋裕(ピアノ)ベートーヴェン:チェロソナタ第3番イ長調作品69より第1楽章

IMG_0382 (3)聞かせました

丹野桃子(ピアノ)ハイドン:ピアノソナタHob.ⅩⅥ:52より第1楽章、ヒナステラ:ピアノソナタ第1番Op.22より第1、3、4楽章

IMG_0385フェルメールの絵を見ているような。ヒナステラよかった。

國枝千加(ピアノ)モーツァルト:フランスの歌「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲(きらきら星変奏曲)K265

IMG_0387文字通りキラキラと金色に輝いて。

 

湯気がもう立っていませんが…

10/4、18:00より開いたヤヴォルカイ兄弟のデュオ・リサイタルに霜浦陽子がピアニストとして登場した。彼女のピアノソロにシューベルトの即興曲ヘ短調作品142-1、ラヴェルの「水の戯れ」「亡き王女のためのパヴァーヌ」があった。私は元来絵画的なラヴェルの曲が好きだが、中でも今回の「亡き王女…」が好きだった。高尚な雅を感じるからだ。私は今、芦屋で「ヨーロッパ歴史研究」のサークルに入っているので、この表題には特に関心がある。パヴァーヌとは16,7世紀、宮廷で流行った舞踏で、その言葉の響きがよい。この王女は後の神聖ローマ皇帝レオポルド1世の皇后となるスペイン王フェリベ4世の娘で、その幼い頃の絵、ディエゴ・ベラスケスが描く「マルガリータの肖像」を胸に描きながらこの曲を聴くと一層その雅を感じるのだった。 ヤヴォルカイ兄弟と霜浦陽子のトリオは、ハイドンのジプシー風トリオ作品39番。 ヴァイオリンとチェロとピアノが相性よく睦み合い、明朗で軽快、流麗な心を洗うような調べが流れる。どこか部分的に讃美歌を聴いている趣となり、一瞬、ここは教会の堂内かと錯覚した。

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お早うございます。私の耳にはまだ昨夜の醜美音が響いています。

10月4日、5日の二日間に亘る昼夜都合4回のヤヴォルカイ兄弟によるリサイタルが拍手喝采のうちに終了した。何といってもこの二人の愉快なキャラがものを言った。どっちも太っちょだが兄貴のシャンドルの方が弟のアダムより一回り大きい。そのバランスを取るように兄貴は小さなヴァイオリン、弟は大きなチェロを抱えている。二人はいわばボケとツッコミの弦楽器漫才師だ。二日とも同じプログラムをベースにしたが、昨夜は最後とあってその軽妙味をいかんなく発揮したので、その印象を持って今回のリサイタルの総括としたい。 前回述べたサラサーテの「ティゴイネルワイゼン」が正とすればドゥブロヴァイの「ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲」は反、あるいは合だった。 現代曲というべきか、とにかくシュール、シュール、絵画にシュールレアリズムがあるごとく音楽のそれはこんなのをいうのだろうか。二人して想像できる限りのあらゆる音を出す。キーキーウウウー、グジュグジュグジュ、シュー、キャッ、キャッ、キャッと奇音が発せられる。即興のでたらめ…かと思ったら二人ともちゃんと譜面を見ている。すべての美音を否定した醜音の音のコラージュとでもいうべきか、しかしそこにはちゃんと美しい秩序があって快い、メロディにならないメロディで作るメロディだった。お能かと思わす部分もあれば神妙な氏神さんの音もあってまさに掛け合い漫才的デュオ演奏だった。 ハチャトリアンの「剣の舞」、リムスキー=コルサコフの「熊蜂の飛行」どちらも目に止まらぬ速い弓の動き、さざ波に揺れる棒杭の水面に映る反射のようだ。まさにエンターティニングだった。 この二人はわれわれ夫婦のために都合4回もアンコールとして「チャルダシュ」を弾いてくれた。「チャルダッシュ侯爵夫人」は、エメリッヒ・カールマン作曲のオペレッタ。1915年11月17日、 ウィーンのヨハン・シュトラウス劇場で初演されたもの。われわれがこの曲をこよなく愛していることを先刻承知していたのだろう。この好意にどう答えたらよいか一瞬迷ったが、エーイ、書を書いて二人にやろうと筆を握った。「音驚天動地」(Yavorkai brothers’ /Sounds/ surprise the Heaven and/tremble the earth/why not human-being)IMG_20151006_0001_NEW (2)IMG_20151006_0003_NEWヤヴォルカイIMG_0449IMG_0456IMG_0466

IMG_0406IMG_0409 (1)ヤヴォルカイ兄弟の演奏について小出しに触れよう。ジョイントの模様や霜浦陽子とのトリオについては追々述べるとして今は次をもって総論とする。

ヤヴォルカイ兄弟の演奏についてはごたごたと書き連ねるよりも、アンコール曲の一つとして弾いたお馴染みの『ツィゴイネルワイゼン』一つを取り上げればもう十分だろう。ご存知の通り、これはスペイン生まれのヴァイオリニスト、サラサーテが1878年(筆者の祖父の2歳の時だ)に作曲した、非常に派手で劇的なヴァイオリン曲である。題名は「ジプシー(ロマ)の旋律」という意味だ。いくつかのハンガリー民謡・大衆音楽の旋律を組み合わせて作曲したものだから、この曲をハンガリーロマ出身のヤヴォルカイ兄弟以外のだれが本物中の本物の演奏ができるだろう。  それをこのSalon Classicの小さな空間でライブで聴くのだから昨日の午後は至福の中でも最高の至福を味わった。 哀愁(まさに秋の心)に満ちた悲しげながらも堂々とした旋律。起伏に富み抒情的で、激情的な部分もあれば、歌謡的な部分もある、これでは見せ場というより聴かせ場に事欠かない。拍子のことなど筆者には十分分からないが、緩いテンポからいきなり急速なテンポとなったり遅くなったりすると何だかブランコに乗ってスゥッと落ちる気分になりスリル満点だ。それに右手指、左手指で爪弾く弦音の心地よさってない。ヴァイオリンの弓が垂直とすればチェロのそれは水平でいつも横T字型になっている演奏に見入っていた。

2015年10月5日 (月)
トルコレストラン

今朝は昨昼よりも昨晩の話からしよう。今晩のおもしろいエピソードだ。

昨晩、ヤヴォルカイ兄弟のリサイタル終演後、芦屋川駅近くのトルコレストランに食事に行った。なんでもここは昨昼、偶々この兄弟がこの近くを歩いているとトルコ人店主に呼び止められて入ったレストランという。トルコとハンガリーは元来仲良しで、二人の風貌から二人をハンガリー人と断じた店主が二人を親切にもてなしたので、そのお返しに今晩はヴァイオリンを持ってまたくると約束してきたものだった。

そこで兄のシャンドルが背中にヴァイオリンを担いで入って行くと、店内の20人ほどの人が手を叩いて歓迎してくれた。なんと店主がもうそろそろ現われるころだとみなに告げ待っていたものらしい。その人たちがどなたかわれわれが知るはずもない。トルコビールなどでのどを潤してからやおら立ち上がったシャンドルが皆の前でヴァイオリンを弾き始めた。品のよい白髪の人、黒装束の人、知的な壮年の男女、夫々、真剣な眼差しでシャンドルの音色に耳を傾ける。

私はついに隣の中年女性に、「皆さんご一緒ですか」と尋ねると、「私たちは音楽関係者や宗教関係者で今日はキリスタン大名、高山右近の400年祭を記念して芦屋で演奏したりコーラスで歌ってきました。今、ここで打ち上げをしているところです。高山右近をご存じですか」と来た。私にとって高山右近は知るも知らぬもない。高山右近は私の生まれた高槻の高槻城主。その城跡に出来た中学の卒業生だと答えたら、一同その奇遇にビックリ、同時にこの二人が超絶技巧でギネスブックの記録を超えた世界的に有名なヴァイオリニストとチェリストだと家内が説明すると、話の盛り上がること盛り上がること。皆が曲に合わせて手を叩くと、シャンドルも一段と調子に乗り17世紀末の名器を手に縦横無尽に弾きまくる。

客の何人かが、これは日本で努力してマスターしたヴァイオリンとは次元が違う。努力よりも生まれつき。その血が今、湧いてきている。普通なら昼間本番で弾いたら夜はもうヘトヘト、弾く元気などないものだがいくらでも無尽蔵に弾く。何よりそれがその証拠だと感心していた。その通り。チェコ辺りで私も経験したが、真っ暗の夜中、林に吊るされた裸電球の下、いつ果てるともなく弦楽器を弾きまくっていた楽師たちを思い出していた。IMG_0430IMG_0429

すっかりお馴染みになった宮崎 剛のコンサート・シリーズ2015の第2回は宮崎 剛のソロピアノ・リサイタルだった。追っかけ的宮崎ファンが居並ぶ中、解説もなく静かにバッハのフランス組曲BWV.817で始まり、モーツァルトのピアノソナタK.310が続いた。バッハ曲はいささか内省的に聞こえたが宗教的ではなかった。

モーツァルトはきわめて流麗だった。休憩を挟んでプロコフィエフのピアノソナタ第7番作品83(戦争ソナタ)が始まった。宮崎の解説や感想通り、この曲はいささかうるさすぎてこのホールには向かなかったかも知れない。解説によると、この曲は「戦争ソナタ」と言われはするが、直接、戦争とは関係ない。ただ世界大戦中に作曲されただけのことらしい。もう機械文明の響きがした。

さてエンターテイメントの時間がやってきた。ファンからの今日のリクェスト曲は数多く、順番など覚えてられない。リゴレット、花の歌、赤とんぼ、からまつ、スワニー、日本昔話、イパネバ、展覧会の絵、この道、函館の人、ボレロ、最後はシャンソン枯葉。

それに今日は飛び入りで演歌のピアノ。弾くは吉原千景、曲は吉 幾三の「酒よ」。吉原は宮崎を師として精進しているそうだが、その師を「宇宙人」呼ばわりしているらしい。偶々、私の描いた「異星人」を見て、これだと思ったという。

その通り、宮崎の芸当ぶりを見聞きしていると、「異星人」に思えてくる。私たちは日常ごく自然に色んな話をしているが、その際、話したいことをイメージするだけで、自然に口が開き舌が動き声が出る。それと同じで宮崎は弾きたい曲をイメージするだけで、自然に手が動き、指が動いて音が出る、らしい。目は口ほどにものをいうというが、異星人の宮崎は手指が口ほどにものをいうらしい。その異星人のボレロが特によかったし、吉原の「酒よ」がよく、酔ってしまった。IMG_0204宮崎 剛の演奏風景

IMG_0208宮崎 剛と吉原千景

IMG_0209吉原千景の演奏風景

IMG_0213花束をファンからもらった

IMG_0218これが「異星人」

それにしてもを

 

イヴ・アンリは私が知る限りの最高のピアニストだ。その演奏にピアノ芸術の極致を見た。とにかく詩なのだ。いささか我田引水に聞こえようが、私は絵を描くとき事物自体よりも、それらが醸しだす雰囲気、つまり空気、言い換えれば詩を描きたいのだ。それと同じでイヴも雰囲気、つまり詩を奏でている。器楽はそもそも抽象的で具象的ではない。その抽象性に詩的世界を発見するかどうかだ。

今日(2015.9.19)のレクチャー・リサイタルで、ショパンは「舟歌」をベニスのゴンドラからインスピレーションを得て作曲したと言う。たしかにこの曲を聴いていると夕日を受けてキラキラと光る波間、たゆとうとしたベニスの運河の光景が浮かんだ。最後のドドーン、ドドーンと鳴らす印象的な音はサントロペに打ち寄せる波の音だろうか。

次はリストのペトラルカのソネットS.123。ルネッサンス期のイタリア叙情詩人、ペトラルカの詩からインスピレーションを得て作曲したという。厳かな出だしから精神を浄化するような調べ、最後は神妙な顔つきになって静かに静かに消え去って行く。

ラヴェルの「夜のガスパール」より“オンディーヌ”“絞首台”“スカルボ”。これは昨日も書いたので繰り返さないが、イヴの演奏を聴いているとその奇妙奇天烈な様がなぜか非常に艶めかしい。昨日、スカルボを義足一本足と書いたが、今日の図ではそうではなかった。イヴの前で色紙を取り出し私の五行歌を書いて進呈した。「イヴの奏でる/ラヴェルの/スカルボは/艶めかしい/浮世絵」と。大笑いしながら嬉しそうに受け取ってくれた。

最後のボロディン作曲イヴ・アンリ編曲の“ダッタン人の踊り”も昨日書いたので、多くは語らないが、カスピ海の北を彷彿とさせる、自由奔放で賑やかな野性的踊りを見た想いがした。それが私の描いたモラヴィア地方の踊りにそっくりだといってスライドの1枚に加えられた。

曲名を覚えるのに見るイメージよりも聴くメロディで覚える人もおれば、逆に聴くメロディよりも見るイメージで覚える人もいるだろう。今回、このレクチャーを通じて私は決定的に後者だと自覚した。

Prof. Yves Henry is the best pianist I’ve ever known. I found his performance the ideal of piano art, which claims that piano is poetry. Whenever I paint, I don’t want to depict the object as it is but want to draw an atmosphere the object produces around it. That is a poem. Likewise, Yves Henry creates a poetic atmosphere through his piano performance for pleasing not only my ears but also my eyes to see imaginary pictures. Music by instruments is essentially of abstractive, not materialistic nature. So if you feel poetry in its abstract, you would deserve to appreciate it. His today’s lecture-concert revealed the secrets how F. Chopin, F. Liszt, M. Ravel and A.Borodin=Y.Henry composed or arranged their pieces by showing many picture slides they were inspired by. He kindly added to those slides one of my oil paintings called “Village Festival in Moravia region in Czech Republic”, because it so resembles the image of Polovisian dances. In return, as a token of my appreciation of his performance I presented to him a square piece of cardboard for writing a poem (five-line poetry) saying that / Yves performance of/ M.Ravel/ Scarbo is/ a sexy/ Ukiyo-e painting.

IMG_0177ショパン: 舟歌

IMG_0181リスト: ペトラルカのソネットS.123

IMG_0184ラヴェル: 夜のガスパール

IMG_0186オンディーヌ

IMG_0187 (2)絞首台

IMG_0188スカルボ

IMG_0192ボロディン=イヴ・アンリ編曲ダッタン人の踊り

IMG_0194ダッタン人の踊

IMG_0197イヴ・アンリと筆者

 

2015年9月19日 (土)
The Autumn Joint Recital

今日(9/18)のジョイント・コンサートは非常に聴き応えのある、いずれがあやめかかきつばたと言う感じだった。今日、あらためて感じたのは音楽は文学と絵画と一緒に味わう芸術的総合美であることだった。私がイヴ・アンリのピアノが大好きならイヴは私の絵が大好きと言ってくれる。色彩に共通点があるらしい。近い将来、イヴのCDジャケットに私の絵を使うと言ってくれている。今日はコンサートの前にピアノ・レッスンがあり少し私も聴講したが、そこで感じたのは、ピアノ演奏はピアノによる詩の朗読だということ。同じ詩でも黙読で味わうのと抑揚の効いた強弱朗読で味わうのとではわけが違うように、同じ楽譜でも一本調子に弾くのと感情を込めて弾くのとでは雲泥の差がある。感情の込め方は曲目の詩質を知ることだろう。たとえば、今日のラヴェルの「夜のガスパール」の“絞首台”や“スカルボ”。曲名に縁起でもない絞首台とは!一体全体、スカルボって何だ!「夜のガスパール」とは。これらを知らずして演奏はない。これこそ文学なのだ。ルイ・ベルトランの詩集の中から引用した詩だ。かつてピアニストのディヴィッド・コレヴァーがうちで練習をしている時、私をピアノの傍に呼んで、ピアノを弾きながら解説してくれたのを思い出す。“絞首台”は、鐘の音に交じって聞こえてくる死者のすすり泣き、頭蓋骨から血のしたたる髪の毛をむしり取っている黄金虫の詩だと。また“スカルボ”は、義足一本で部屋中を笑いながら自由に飛び回っている小悪魔の詩だと。そんな詩を引用するラヴェルとはどんな男か。バスク地方に生まれた風変りな男で、アパッシュ(=アパッチ、ならず者)という1900年頃にパリの音楽家や詩人で結成した芸術グループの一人で、その中心人物の一人だったらしい。なるほどそれで解った。こんな曲が生まれたのが。

客演のイヴ・アンリが今日弾いた曲はA.ボロディンの「ダッタン人の躍り」でイヴ自身が編曲したものだ。数年前に韃靼そばが流行ったが、その韃靼である。タタール人、カスピ海近くのトルコの遊牧民を指す。イヴ曰くそのイメージが私の描いたモラヴィア地方の村祭りにそっくりだと。この演奏で私がイメージしたのは絢爛豪華な色彩で覆われた森、いやほとんど音のジャングルだった。今日の出演者に対するコメントはまた後ほど書こう。

先ほどの続きを書こう。伊東くみが弾いたラヴェルの「夜のガスパール」よりの“絞首台”や“スカルボ”については先にも述べた。これらの曲には10本の指で一分間に1800回の打鍵が必要という。指一本、1秒に3回叩くという計算となる。なるほどめまぐるしい動きだ。白鷹里衣子のショパン、バラード第2番。Op.38.上半身全体から息遣いが聞こえてきて、止まったかと思うとキレよく大音で急発進する。そのドラマチックな演奏に痺れた。新屋良太のドイツ仕込みで歌う光沢のあるドイツ語テノール、シューマンの告白、シューベルトの鱒、H.ヴォルフの船乗りの別れ、いずれも情感豊かで声量豊か、その堂々とした歌いぶりにしばし拍手鳴りやまず。吉井明美のショパン、ノクターンOp.48-1,2.夢想表情で弾く演奏姿には内面美が零れ、その濃淡とアクセントのある演奏にいつの間にか吸い込まれていった。シューマンのピアノソナタ第2番ト短調Op.22-1,2,3を弾いた橋田歌壽美はまだ若木の音大3回生、表情は少し硬かったが長い曲をそつなくこなした。これからの逸材だろう。最後に客演で弾いたイヴ・アンリについてもすでに述べた。その円熟した演奏ぶりを今回もまた目の当たりにしてみなとは次元が違うと言わざるを得なかった。みなが音の林、ブッシュとすれば、彼は音の森、フォレストでありジャングルだった。濛々と立ち込める音の蒸気、そのパワフルな音量、響きに聴衆一同が有頂天になった。アンコールはついに四曲に達した。今日のレクチャーリサイタルはプロジェクターを用いての解説もある。どのような話が展開されるか楽しみだ。

IMG_0146 伊東くみ

IMG_0150 白鷹里衣子

IMG_0152 新屋良太

IMG_0155 (1) 吉井明美

IMG_0159 橋田歌寿美

IMG_0169 (2) イヴ・アンリ教授

IMG_0173 モラヴィア地方(チェコ)の村祭り

IMG_0171 一部欠席

IMG_0174 芦屋竹園ホテルにて

2015年9月15日 (火)
木越 洋チェロリサイタル

 

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今日は摂津響SaalとThe Music Center Japan共催による 有名な木越洋のチェロコンサートをSalon Classicで昼夜に亘って開いた。

これぞ人生だと木越はチェロで語り、チェロが自らそれを語った。チェロが、キラキラと輝くヴァイオリンの音色に比べ、グッと下腹に響く滑らかな低音で深いコクとまろやかさを持っているというのは一般論だ。木越の演奏はそんなものをとっくに超越している。木越のチェロは楽器も音色も彼の身体の外でなく内で一体化している。まるで野球選手のバットが選手の腕の延長であるがごとくに。その弓捌きを見よ。その縦横無尽にくねくねと柔らかく激しく動く軌跡は腕そのものだ。音色を聴いてみよ。あぁ、動脈を走る血の音も静脈を走る血の音も聴こえてくる。それどころか毛細血管を走る血の音さえも聴こえてくる。あるかなしかの音。か細い、か細い音。この音の中に生命の鼓動を知り、チェロの奥深さを知る。

チェロの音色はまた虹に似ている。どの音にも七色が滲み、その中に身を呈していると、虹に漬かり虹に吸い込まれて行く自分を感じる。木越の熟達した演奏にはその風貌と同じく風格があり、風雪を感じる。滑らかでいてよく聴くとそこに起伏があり、そこに人生を感じる。今日のチェロを聴いていてはたっと気付いたことがある。それは私の描く油絵の音化だ。私の絵の色調はどちらかといえばブライトよりもダーク調でいわばチョコレート色だ。重厚でいて甘みを持つこの色調がいつの間にか自分のカラーとなった。チェロの音色がそれにそっくりだと巧まずして感じてしまったのだ。

今日聴いた曲の多くは平素から聴き慣れた曲だったが、木越による解説を聴いてあらためてその良さを感じた。今日のバッハの組曲全体に言えることだが、これら舞踊曲は決して派手な動きはなく、わずかに顔を動かす程度のいわば楚々とした風情が日本の茶道に通じるという。なるほど上手く表現したものだと感心した。私の音楽鑑賞法は極めて簡単明快。いい演奏かどうかは、その演奏を聴いて波を被った感じになるかどうかだ。今日はその意味で久しぶりに波を被った。サン=サーンスの「白鳥」はよく聴く曲の一つだが、青い水面に白い白鳥が黒い影を落とす感じを味わったのは初めてだった。またラフマニノフの「ヴォカリーズ」の一種暗鬱な調べに人生のエレジーを感じたし、カサドの「愛の言葉」に先輩カザルスに捧げる「艶のある」惜しみない讃辞に感じ入った。

プログラムは

バッハ: 無伴奏チェロ組曲第1番、 E.エルガー:愛の挨拶、E.ボルディーニ=クライスラー編:踊る人形、宮澤賢治/林光編:星めぐりの歌、フォーレ:シチリアーノ、サン=サーンス:白鳥、カサド:愛の言葉、チャイコフスキー:メロディー、ラフマニノフ:ヴォカリーズ、モシュコフスキー:ギターレ、トスティ:セレナータ

2015年9月6日 (日)
青木美樹ピアノリサイタル

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今日はSalon Classicで国際派ピアニスト、青木美樹のピアノ・リサイタルがあった。プログラムは多彩でラヴェル:水の戯れ、リスト:巡礼の年(第1年スイス)嵐、グリンカ=バラキレフ:ひばり、シューマン:森の情景 作品82、ショパン:練習曲 作品10-3「別れの曲」、ピアソラ:アディオス・ノニーノ(タンゴ・ラプソディー)プーランク:メランコリー、プーランク:ナザレの夜だった。

この中で私が特に気に入ったのはピアソラの曲と最後のプーランクの曲、ナザレの夜だった。

ピアソラの曲はタンゴにクラシックとジャズの要素を融合させた独自のもので、センチメンタルなメロディを強いリズムの乗せて奏でるうっとりとした心地よさに痺れた。

プーランクの曲はフランス人らしくエスプリの効いたひねりにいつも魅力を感じる。ナザレの夜は、以前自らそのプログラムノートを書いたこともあるので音楽というよりサロンのピアノの周りに佇む八人の人たちを語る言葉のように響いた。

 

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ディヴィッドの最後の最後を飾るリサイタルは大阪音楽大学准教授の土井緑さんとの二人のジョイントだった。同じホールの同じピアノで両雄が奏でるショパン曲の数々。聴く立場からしてもいい勉強になった。キーを叩くタッチが違うとこうも違うものかとあらためて感じた。土井緑さんはショパンのほかフォーレやラヴェルも弾かれたが、異色に感じたのは大澤壽人作曲の小デッサン集だった。私は寡聞にしてこの作曲家を知らなかったが、家内はよく知っているという。同氏は1906年、神戸生まれ。ボストン大学、ニューイングランド音楽院、フランスのエコールノルマル音楽院卒と当時の日本では考えられない世界の最先端音楽を究めた人らしく、時代を先取りしすぎたが故に余り知られていないという。昨夜のリサイタルには同氏のご家族の方も聴きにこられた。

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いよいよ明日帰国するディヴィッドの最終日の昼のリサイタルはオールショパンプログラムのソロ演奏だった。Salon Classicが19世紀ヨーロッパのサロンに想え、40名ほどの聴衆の前で弾くディヴィッドがショパン自身に見えてきた。静かで優しく、柔和、優美、華麗、憂愁、夢想的、壮麗、魅惑的、抒情的、輝く高貴さ、時には激烈な感情の表出、色彩的とあらゆるこれらの形容詞があてはまる。それらの甘い響きがいつまでも余韻を残す。強弱、高低、緩急自在に弾く指は鍵盤の端から端へ目にも止まらぬ速さで走り、暗譜した表情は斜め上を眺めて夢想したり鍵盤の上に落ちたりしている。きめ細かく紡いでいく音はまさしく音のパレット、絵画での色濃淡がものいうように音も強弱の間の中間音が美しい。実は私も負けずに数日前にロマン派を想わすような抽象画を描いた。もちろんショパンを意識してのことでピアノの傍に初めて飾り、ディヴィッドの音を聴きながら自分の絵を眺めていた。どうも哀愁を帯びた音に対応しそうな紫が今一つ不足しているように感じたが、視覚的に私がショパンをどのように感じているか大体のところはお解りいただけるだろう。

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2015年7月5日 (日)
July 4th Joint Recital

今日はアメリカ独立記念日。客演に迎えたディヴィッド・コレヴァー氏がアメリカ人でその演奏が今日のジョイント・リサイタルであったために名付けた名前だった。

最初の演奏者は伊東くみ。ラヴェルの「夜のガスパール」より”水の精”、フランクの前奏曲、コラールとフーガ。IMG_3797 (2)

二番目は谷 真子。シューマンの幻想曲ハ長調Op.17。IMG_3799

次に客演のディヴィッド・コレヴァー。マズルカOp.50、舟歌Op.60、子守歌Op.57、ノクターン 嬰ヘ長調Op.15-1、スケルツォ第4番ホ長調Op.54らであった。IMG_3801

 

2015年6月27日 (土)
David Korevaar氏レッスン

David Korevaarは奏でてよし、教えてよし、暮らしてよし。つまり演奏(performance)、教育指導(tuition)、性格(character)、すべての点で素晴らしい。優しく丁寧に生徒のためになる指導をすることで定評がある。リピーターが多いのも肯ける。

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今日は私の故郷、高槻の摂津峡近くにある摂津響ザールでディヴィッド・コレヴァーのオールショパンプログラムのコンサートがあった。演奏に先立ちディヴィッドが「本日は日本人の好きなショパンを弾きます」と挨拶した。とっさに思った。どうして日本人はショパンが好きなのだろうか、よし今日は一つその理由を探ってやろうと。ノクターン、バラード、マズルカ、舟歌、子守歌、スケルツォ、別れの曲など80分程の演奏に通底するショパン音楽の特徴は何だろう。自らピアノを弾く方々にはそれなりの見解があるだろうが、それができない私はあくまで聴くだけの立場でそれを見付けようと考えた。以下はおのずと私の独断と偏見のショパン観である。
ショパンの曲にはいずれも気品が漲り、キラキラとした光沢がある。しかし手放しの明るさではなくどこかに陰を引きずっている。ロマンチックながら哀切な気分を誘うのはそのせいかも知れない。われわれ真面目な日本人は開けっぴろげよりその哀愁が魅力なのかも知れない。39年という短い生涯に祖国ポーランドは揺れに揺れ、ウイーンやパリにいても望郷の念に常に駆られたショパン、また個…人的にも波瀾万丈の人生を送ったショパン、それがゆえに美的感覚を持ちながらもどこかに陰を宿したショパンの音楽が生まれたのかもしれない。ショパン一家はショパンの幼少時、父のフランス語を教える学院がワルシャワの宮殿内にあったため宮殿の庭園に住んでいたという。気品があり光沢のあるピアノ曲が生まれたのも道理か。シューマンがショパンを評して次のように言っている。「美しい花畑の中に大砲が隠されている音楽」と。何となく解る気がするが私が持つピアノ詩人、ショパンのイメージは言葉では言い尽くせない。もし何かで示すとすれば、ドラクロワ描く絵の色彩を帯びた青(ロイヤルブルー)と茶(アンバー)のガラス器だ。
さて今日のザールは木ばかりでできた優しい癒しの空間、木の香がほんのりと匂い、天井からは木の節の星が輝き、窓からは森のみどりが笑っていた。少年の頃駆け巡った渓谷は健在、この季節にはホタルが舞うという。残念ながらまだ日暮れず見ることができなかったが。

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漆原啓子さんとDavid Korevaarが逢瀬を楽しむのは毎年この七夕の時期、琴座のベガと鷲座のアルタイルだ。二星を会わせるのがThe Music Center Japanの仕事、もう20年になる。昨夜のコンサートの盛り上がりはどうだ。大入りの観客の前で奏でる二人、もううっとりとしてしまった。
私の印象を述べよう。
●ブラームスのヴァイオリンソナタ第2番イ長調Op.100
ボクは今どこにいるのだろう。雄大なスイスのアルプスを眺めながら、花咲く美しい庭で詩の韻律を楽しむようにうっとりとヴァイオリン・ソナタを聴いている。あの昔見た映画、アルプス越えをしているエリザベス・テイラーを想い出しながら。
●コルンゴルトの組曲「から騒ぎ」Op.11…
こんな曲聴くのははじめて。名前覚えられない。そうだ、コンコルドにしておこう。プログラム・ノートを私が作ったので、見当はついたが、なるほど「から騒ぎ」だ。シッチャカメッチャカの面白味を味わった。
●ヴィエニャフスキ:伝説曲Op.17
しんみりとして湿っぽい曲。このヴィエニャフスキとその名に因んで付けた国際コンクールの最年少優勝者、漆原啓子を重ね合わせた。彼は12歳以下では入れないパリ音楽院に例外的に8歳で入学、最年少かつ最優秀で卒業した天才。このコンクールも今年で180年。可哀想にこの男、惚れた女性の父親の反対に会って結婚許されず。そこで一案。自分の生い立ちをこの「伝説曲」に仕立ててその両親に聴かせたら、成功、成功。なるほどこの曲はしんみりしているわけだ。
●ストラヴィンスキー:バレエ音楽「妖精の口づけ」よりディヴェルティメント
良かった。バレエの場面を彷彿とした。雪の精が可愛い少年に口づけ、大きくなって村祭りで婚約者と踊っていると、またもや現われた雪の精。婚約者と青年の奪いっこする。ニューヨークシティバレーでも見ている気分だった。

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2015年6月13日 (土)
プーランクな午後

 

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プーランクな午後

何とも素晴らしい形容詞を付けたものだ。プーランクな、とは。これは1899年に生まれ、1963年に没したフランスの作曲家、フランシス・ジャン・プーランクの世界を聴かせて進ぜようと意図した形容詞だ。プーランクはパリのど真ん中で生まれ育った生粋のパリジャンで都会派。20世紀を象徴する作曲家だ。その楽風は、クラシックはもとよりオペラ、バレエ、シャンソン、ジャズとあらゆる主要音楽ジャンルを混交し、ユーモアとアイロニーに富んだ独自の世界だ。

このプーランクの世界を今日は、ピアノの宮崎剛、クラリネットの井上春緒、ファゴットの松本静香の三人が披露してくれた。すべて本日の曲はプーランク作曲で、クラリネットとピアノ、またはクラリネットとファゴットのデュオ、それにクラリネットとファゴットとピアノのトリオだった。このところシャンソンともどもフランス付いている。

プーランクは弦楽器よりも管楽器の音色を好んだようだ。その軽快な旋律、軽妙な諧謔、それは言葉ではなかなか言い表せそうもない。演奏を聴きながらこのような音楽の感触を表わす絵画はないかと思案していたところ、二十世紀のフランス抽象画家、ロベール・ドローネーが思い当った。この画家もプーランクと同じくパリ生まれで、1885年~1941年だから時代もちょうど重なる。知名度は低いが、印象派からフォービズム、キュビズムそれに未来派を加えて抽象絵画へと昇華させた画家だから絵画のプーランク編と言えないこともない。

筆者はプーランクについてはほとんど無知だが、過日、そのピアノ曲、「ナザールの夜」のプログラムノートの翻訳をアメリカのピアニストから頼まれ、調べてみると、日本語訳があるにはあるが、もう一ついただけない、そこで独自訳を試みたが、そのとき、初めてこのプーランクの諧謔性をみた。それを今日、あらためて、まざまざと見た思いがした。参考にその私訳を載せておく。

市販訳               私訳 

変奏1. 分別の極み       分別臭さプンプン匂う

2. 手の上の心臓        感情露わに思ったことズバズバ抜かす

3. 磊落と慎重と        無頓着かと思いきやなかなか慎重な御仁

4. 思索の続き         屁理屈一杯並べやがって

5. 口車の魅力         人を煽てるのがお上手

6. 自己満足          一人悦に入ってら

7. 不幸の味          人の不幸を喜んで

8. 老いの警報         抜け目のないお年寄り

 

今日は、この他、プーランク作曲の声楽(愛の小径)を客の一人が歌い、サン=サーンスの「白鳥」をクラリネットの井上春緒が、ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」をファゴットの松本静香が、サティの「ジュ・トゥ・ヴ」をピアノの宮崎剛が演奏した。

 

 

 

 

 

 

2015年4月25日(土)14:00より芦屋のサロンクラシックにて客演に横浜よりコンサートピアニストの横山美里さんをお迎えして上記のコンサートを行った。プログラムは以下の通り。

出演者の表情写真を掲げておく。いずれも熱演だった。

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IMG_3382 岩本美子さん

IMG_3384 芳ケ迫多津代さん

IMG_3385 藤尾苑子さん

IMG_3387 藤尾苑子さん、藤中律子さん

IMG_3389 中町淳子さん

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IMG_3394 練山智恵さん

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IMG_3402 横山美里さん

4月19日(日)午後2時から催した霜浦陽子とニコラ・デルタイユとのデュオ・リサイタルは今回のニコラ来日の主イベントだったので特別に記したい。プログラムを見ただけで了解できるように多くの人が知っている最初のフォーレ:「夢のあとに」を除いては、どれもあまり一般に知られていない曲のようである。しかしだからこそ今回のリサイタルに意義があったのに違いない。

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筆者もこれらの曲には馴染みが薄く正直にいってどこまで味わい切れたか疑問だが、曲の地平を広げられたことに感謝したい。また絵画のたとえになるが、よく見慣れた印象派のモネの「睡蓮」やゴッホの「ひまわり」の目には現代の抽象画がいささか解り難いのと一緒で、聞きなれたショパンやモーツァルトの耳には少し味わいが違った。筆者は音楽においてもどちらかというとドイツロマン派よりもフランス印象派好みだから、十分味わい切れないまでも今回のプログラムは面白かった。

プーランク:ソナタ  フランシス・プーランク(1899~1963)はフランス音楽の大家の一人で、音楽(ピアノ)ばかりでなく文学に対する感受性にも富み、バレー音楽にも秀でている。第一次世界大戦で兵役に服した経験もあり、フランス的機知に富んでいる。曲から受けた印象は粘っこくなく、淡泊で爽やかっだ。

マルティヌー:ロッシーニの主題による変奏曲  ボフスラフ・マルティヌー(1890~1959)はチェコの作曲家でプラハ音楽院卒。パリやニューヨークでも学び、48年には再渡米してアメリカ市民権を得ている。作風は全体として新古典主義的で個々の作品にはチェコの民族性、印象主義、ジャズの影響が大きいという。曲から受けた印象もたしかにその通りに思えた。

ピアソラ:ル・グラン・タンゴ  アストル・ピアソラ(1921~1992)はアルゼンチン生まれで、幼少時代をニューヨークで過ごす。アルゼンチン・タンゴ前衛派の旗頭。タンゴにクラシックとジャズの要素を融合させた。よく聴く「リベル・タンゴ」とは趣を異にするもっと乾いた曲の印象だった。

アンコール曲にはラフマニノフ:ヴォカリーズ、サン=サーンス:白鳥が演奏された。いずれもチェロにもっともにつかわしい曲だった。チェロの印象は別途記した通り。そのチェロ演奏にアクセントをつけるピアノもおそらく難しいものだろうに、さすが霜浦陽子、あっぱれな演奏だった。

 

工西美穂(ソプラノ)片岡和子(伴奏) 東城彩香(ヴァイオリン)河合由夏(ピアノ) ニコラ・デルタイユ(チェロ)

平井康三郎: うぬぼれ鏡  小林秀雄:落葉松 すてきな春に あぁ、プランタン無理もない 花の春告げる鳥 G.プッチーニ: オペラ「トスカ」より”歌に生き恋に生き”

工西美穂の声量豊かで澄明な美声、加えて軽妙な話、感情豊かな表情と動き、ニューヨークで彼女が受けたレッスン風景を思い出した。その姿を少し追ってみよう。

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東城彩香(ヴァイオリン)河合由夏(ピアノ)   シベリウス:「五つの小品」作品81より”ワルツ”

河合由夏(ピアノ)東城彩香(ヴァイオリン)ニコラ・デルタイユ  メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番作品49

 

出演者: 渡邉栄子(ソプラノ)、藤澤篤子(ピアノ)、阿野由希子(フルート)、ニコラ・デルタイユ(チェロ)

1.春の小川(ソプラノとフルート)2.フランス歌曲(カディスの娘達、牧歌)(ソプラノ)、3.6つの花のロマンより(リラ、チューリップ)(フルート)4.懐かしのメロディ(青い山脈、銀座カンカン娘)(ソプラノとフルート)5.世界の国からコンニチワ(サンタルチア、オーシャンゼリゼ)(ソプラノとフルート)6.映画音楽(ムーンリバー、踊り明かそう)(ソプラノとフルート)

私のような時代者には懐かしのメロディや映画音楽がとくによかった。ソプラノの表情を追ってみよう。

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ベルギーよりブリュッセル王立音楽院准教授のニコラ・デルタイユ氏を迎えてこの二週間、たっぷりとチェロの音色を楽しんだ。ただし最初の一週間は東京だったため私は聴けなかったが、後半の一週間は芦屋のSalon Classicだったため、ほぼ毎日、昼夜のコンサートで同氏のチェロを聴いた。

大きな楽器であるチェロは航空券が一人分優に掛かるので持参せず、国際楽器社、松永修会長のご好意により同氏ご所有の名器をお借りすることにした。その名器を奏でる本人もブリュッセルのエリザベート王妃音楽院及びニューヨークのジュリアード音楽院出身の名演奏家。それを小さなアットホームなホールで聴くのだからこれ以上の贅沢はない。

チェロ漬けとなった私はその美しい音色をどう表現したらよいものかと悩んだ。大きな図体から溢れ出る奥深い艶やかな音色、力強い音量、いや、それだけではまだ十分言い尽くせない。ヴァイオリンのキラキラした音色を完全に覚醒したときの音だとすると、チェロはまだ半分眠っている、夢うつつの状態の甘い音色、魔法にでも掛けられたように薄いベールで被われた奥深い音色とでも表現しようか。

それに加えて演奏者の性格が音楽には滲み出る。ニコラは非常にソフトで穏やか、おっとりとした性格で絵画、写真など芸術一般に関心を示す。そのようなセンスのよさが演奏にも出て多くの人の、特に女性の人気が高かった。その証拠に持参した多数のCDが最後のコンサートを待たずして売り切れる状態だった。

今回はThe Spring Joint Recital またはConcertと銘打って多くの人たちと演奏をした。ピアニスト、ヴァイオリニスト、フルーティストと共演したほか、声楽家の人たちともコラボした。全部は到底追い切れないので、芦屋編に限り、そのいくつかを写真だけで追ってみよう。

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2015年4月18日 (土)
The Spring Joint Concert (2015.04.15)

2015年4月15日(水)開演18:30 今日は大阪府立夕陽丘高校音楽科2年の在校生四人による熱演がここSalon Classicで繰り広げられた.加わるはベルギーより来日中のチェリスト、ニコラ・デルタイユ氏だ。いずれの出演者も4,5歳からピアノやヴァオリンを始めた逸材で、その天賦の才能を毎日の厳しい練習で一層磨き、その成果を今日はエネルギッシュな若さに任せていかんなく発揮した。思わずその熱演に吸い込まれ始終感動、感激しっ放しだった。

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プログラム

シューマン:ソナタ第2番ト短調Op.22-1 ショパン: ワルツ第9番変イ長調Op.69-1 ワルツ第10番ロ短調Op.69-2      西本 絢音(ピアノ)

ショパン: エチュードOp.25-11「木枯らし」 スケルツォ第3番ハ短調Op.39   福岡 拓歩(ピアノ)

サン=サーンス: 序奏とロンドカプリチオーソ     井谷 珠綺(ヴァイオリン) 西本 絢音(ピアノ)

サラサーテ: ツィゴイネルワイゼン          沖本 みなみ(ヴァイオリン)福岡 拓歩(ピアノ)

バッハ: 二つのヴァイオリンのための協奏曲      井谷 珠綺(ヴァイオリン)沖本 みなみ(ヴァイオリン)福岡 拓歩(ピアノ)

クライスラー: 美しきロサマリン           ニコラ・デルタイユ(チェロ) 福岡 拓歩(ピアノ)

バッハ: G線上のアリア               井谷 珠綺(ヴァイオリン)ニコラ・デルタイユ(チェロ)西本 絢音(ピアノ)

ヘンデル: パッサカリア               沖本 みなみ(ヴァイオリン)ニコラ・デルタイユ(チェロ)

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プログラム

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作者不詳: 愛のロマンス              徳永詠子(ギター)                                                 タレガ:ラグリマ                                             バッハ:主よ、人の望みの喜びを

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 シューマン:花の曲                 上原秀雄(ピアノ)

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ショパン:スケルツォ 第3番 Op.39       鴨川己代子(ピアノ)
マズルカ Op.50-3

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リスト:ため息                   岩本美子(ピアノ)                                ラヴェル: 水の戯れ

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ドビュッシー: プレリュード第1巻より 第7番    進野 裕代(ピアノ)                           「西風の見たもの」                                              リスト:ノクターン第3番「愛の夢」                                     グリフィス: ローマのスケッチより「アクアパオラの泉」Op7-3

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中田喜直: “さくら横ちょう” “ゆく春”        宮崎 明子(ソプラノ)                         小林秀雄: “すてきな春に”                       竹田 慶子(伴奏)
P.A.ティリンデッリ:   “春よ”
プッチーニ:   オペラ「トスカ」より “歌に生き 恋に生き”
プッチーニ:   オペラ「ラ・ボエーム」より “ムゼッタのワルツ”
S.ドナウディ:   “私の愛する人” “麗しい絵姿”                               プッチーニ:  オペラ「蝶々夫人」より “ある晴れた日に”

 

                       ~~~~~プログラム~~~~~

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坂口 楓(ソプラノ)谷 真子(伴奏)

          モーツァルト: オペラ「フィガロの結婚」より“恋人よ,早くここへ”
ロッシーニ: オペラ「セヴィリアの理髪師」より“今の歌声は”

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Nicolas Deletaille(チェロ)谷 真子(ピアノ)

                          シューベルト:      即興曲Op.90-2   (ピアノ・ソロ)

エルガ―:          愛の挨拶

フォーレ:          夢のあとに   シチリア―ノ

サン=サーンス:    白鳥

バッハ:            無伴奏チェロ組曲第3番

ドビュッシー:     チェロソナタ

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2015年4月13日 (月)
The Spring Joint Recital (2015.04.12)

やっと春らしくなった今日、Salon Classicでは春のジョイントリサイタルが行われた。この多彩な顔ぶれをご覧あれ。一同、春の装いをして華やかに楽しさ一杯。声楽に管弦楽器、ピアノとバラヤティに富んでいた。

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十合翔子(メゾソプラノ)和田悠加(ピアノ伴奏)

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艶があり伸びのある声量豊かな低音の魅力、ドボルジャークの「我が母の教え給えし歌」、サン=サーンスの「あなたの声に私の心は花開く」(サムソンとデリラより)。ピアノソロとしてラフマニノフの「楽興の時4番」。

木管五重奏: 喜 紗矢美(ファゴット)、陶器 香帆(フルート)、樋口 成香(オーボエ)、北尾 祐子(ホルン)、菅原 瑞紀(クラリネット)

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珍しい木管五重奏、ファゴットやホルンが入ると音に高低幅ができて楽しい。可愛い響きの音、おどけのおもしろさが漂う音、都会的なアンニュイを感じさせる音など普段聞けない音を堪能した。

 

大橋 俊介(ピアノ)

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ショパンの「ノクターン第2番Op.9-2」と「バラード第1番Op.23」ショパンの曲を聴くとまたもや脳が洗われ心が洗浄される。

藤森 友香(フルート) 丹野 桃子(ピアノ)

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尾高 尚忠のフルート協奏曲Op.30B 第1楽章、 A.ピアソラのタンゴの歴史 ナイトクラブ1960 フルートで何かお話しをしているような小気味よいテンポで進み、最後……だったのよね」で終わったような気がした。聴いているうちにエドワール・マネの「笛吹く少年」が脳裏に浮かんだ。

増田 佳子(ヴィオラ) 中川 裕美子(ピアノ)

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R.シューマンの歌曲集「ミルテの花」より献呈 Op.25-1 同じくR.シューマンのアダージョとアレグロOp.70(ヴィオラとピアノ) ヴィオラとピアノが上手く溶け合って、夢見るような優しく柔和な曲。増田さんによる簡潔な話がよかった。

ニコラ・デルタイユ(チェロ)

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今日のチェロは1706年物。チェロの腹を覗くとその年数が見えた。弓を弾くニコラも素晴らしいが楽器も素晴らしい。曲はJ.S.バッハのチェロ組曲第三番ハ長調BWV1009 ほかだった。チェロの床を這うような重厚な低音の魅力。音は低いが精神は高らかで神の存在を想わせる。そんな深遠な形而上の世界へと誘ってくれた。

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みなさん老夫婦を楽しませてくれて有難う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年3月26日 (木)
二人でシャンソンを

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今日は待ちに待ったシャンソンの日(3/25)だった。私のシャンソン好きも年季が入っている。なにせ大学時代に枯葉、ラ・メール、詩人の魂、ラ・ヴィ・アンローズ、巴里の空の下など総なめにし、梅田コマ劇場で同い年の丸山明宏(今の美輪明宏)を目の前で聴いたものだった。長じては欧米の異国の空で聴き、東京でよく銀巴里に出没したものだった。 イヴェット・ジローが好きだった。若い時から洋趣味だったせいもあるが、あの何ともいえないアンニュイな感じが好きだったし、鼻音を効かせたフランス語の発音が好きだった。恋を語る若い時のシャンソンもいいが、齢重ね人生の甘辛を十分に味わってからのシャンソンもいい。今日はその久しぶりの再現だった。ディディエ・バイィはまさに正統派、まさかこんなところでフランス人の本チャンによるシャンソンが聴けるとは夢にも思わなかった。本場のフランス語によるシャンソンを芦屋で聴けたことに痺れた。今、またシャンソンがブームのようだが、あまり甘い歌より人生の哀切が滲み込んだ暗さを伴った歌の方が好きだ。

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今日のプログラムは添付の通りで、ディディェ・バイィさんとあおきけいこさんが歌った。それから本日の飛び入りとして大村礼子さん(吉田幸生伴奏)が ①残されし恋は②カーマ③生きる の三曲を歌った。会場は大入り満員、65名ほどで高齢らしき男性もかなりおられた。

 

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今日(3/19)は春雨で外は鬱陶しかったが、Salon Classicの会場はいつになくメチャ(本当はこんな用語は使わず、”大変”とかにしたいところだが、何だか今日の雰囲気が出そうなので使う)楽しかった。その目まぐるしく動くお二人の指を見ていると本当に感心する。日本に来て長年になる中国人のエンキさん、指に劣らず口も達者、これも目まぐるしくよく動く。それに日本語がお上手、しゃれっ気十分で楽しませてくれた。たとえば、「分らない」を覚えるのに「稚内=わっかない」といった具合。今日のコンサートは昨秋11月に予定していたコンサートが、エンキになったものだが、今日はエンキにゲンキを貰った。

中国琵琶というものは形すら知らなかったが、それはバチを使わず素手の指で奏でる。マンドリンの兄貴分といった形だが、それはクラシックギター調にもロックギター調にもなる。また三味線や琴の音色にもなる中国の楽器の王様だ。しかし、中国の楽器はやはり中国の楽器、私の感じたその音色は胡弓にも似て中国の陶器、青磁のような陶質をしていた。

曲は前半が西洋調、後半は東洋調だった。前半は、エルガーの愛の挨拶、モーツァルトのロンドK485、それにトルコ行進曲、ブラームスのハンガリー舞曲第5番、それにピアソラのリベルタンゴ。これらの異国情緒豊かな曲を中国琵琶で奏でると一層異国情緒がいや増した。後半は洗星海のピアノ協奏曲「黄河」より第2楽章、王恵然のイー族舞曲、エンキさん自身のやさしい風、佐々木すぐるの月の砂漠、貴海懐の賽馬。宮崎さんもいっていたが、われわれ日本人にはやはり「月の砂漠」が一番心に沁みた。音楽は国境を越えて響く万国共通語とはいえ、アルゼンチン人にはリベルタンゴが、中国人には賽馬が一番心に沁みるのだろうと想像した。

いつもの宮崎さんお得意のリクエスト即興は、今日はトロイメライ、さくら、ルパン三世、スバル、麦の歌、もう一つの曲は忘れた、その6曲だった。最後のピアノと琵琶によるアンコール曲はハチャトリアンの剣の舞。耳はもちろん、琵琶を奏でる指の動きに、感心、感動し通しだった。

エンキさん、宮崎さん、シェ、シェ。新クーラ(New cooler)=中国語のお疲れ様。

 

 

 

2015年2月21日(土)開演15:00

15.02.21太田近藤ベヒ

春を告げるフキノトウが一斉に芽を吹くこの季節、そのためチラシにもこの山菜をあしらったのだが、今日は東京新橋近くの汐留ベヒシュタイン サロンで太田キッシュ道子と近藤直子のデュオリサイタルがあった。

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最初に道子によるシューベルトの4つのピアノ即興曲作品90の演奏、次に近藤直子のソプラノ歌唱があった。
道子の第1番ハ短調が始まった。静かな出だし、寂寥感が漂うしっとりした、奥床しい、清楚な調べを聴いているうちに何故か京女のキモノの柄をイメージしていた。どうしてこのようなイメージが湧いたのか、おそらくそれはどんなに複雑な織物も美しい経糸と緯糸から形成されるように、いかに複雑な曲も右手と左手で機織られるように感じたからだろう。その思いは曲を聴き終わるまで付き纏った。

第2番変ホ長調は明るい派手目な、彩り豊かな小柄模様のキモノを着た乙女が青空に舞うイメージだったし、第3番変ト長調は妙齢のご夫人が空色の地に大柄な模様をつけた華美で優和な銘仙を着ている粋な姿に映った。

圧巻はやはり第4番変イ長調、気品に溢れた中年女性が煌びやかに光る重厚な西陣織の着物を纏って舞を舞っている風に感じた。まさに纐纈織大政所裂文(こうけちおりおおまんどころげきもん)の帯だった。(こんな言葉を知っているわけがない。なんとこれは偶然の一致。今晩の産経夕刊の「舞台の遺伝子」に載っていた西陣織の帯を指す用語で、その写真を見た瞬間、これだと思った)。きらびやかな赤地に立体的な花が浮き立つキモノ、それを着て大きく床を蹴って舞う姿は壮麗にして生き生きとしていた。

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実はシューベルトは他の作曲家とどこか一味違うと常々私は思ってきた。それがこのキモノをイメージすることによって解けたような気がした。他の作曲家が洋服なのに対しこのシューベルトだけは和服の質感を持っているのだ。
近藤直子の歌う最初の曲もシューベルトの「春の信仰」「野ばら」だった。少年時代から聴き慣れてきた「野ばら」を想うにつけ、やはりシューベルトの曲には日本人に合う和服的質感があるのだと確信した。
ところで同じソプラノでも色々あるようで、近藤直子のそれはまるで蒸留されたように高く純粋で、その中で叙情性を醸し出していた。

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2015年2月9日 (月)
第21回アゼリア音楽会

昨日(2/8)は音楽会のダブルヘッダーで17:30からはもう21回目を迎えるアゼリア音楽会をSalon Classicで催した。

アゼリア音楽会の面白さはバラヤティにある。プロもアマも一緒、年齢不問、楽器(声楽含む)も大型以外は自由とあって何が飛び出すか分からない。今回はピアノばかりだったが、内容は豊富だった。

70歳前後と思しき男性の上原秀雄さんが小学校時代まで習っていたピアノを66歳から再開、今日はラフマニノフの幻想的小品集 ホ長調Op.3-3「メロディ(Original version)」とショパンのノクターン集より 変ホ長調Op.9-2を弾かれた。立派だった。

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次は眞子千亜妃さん。曲はフェデリコ・モンポウの歌と踊りSong and Dance No.5とアルベニスのスペイン組曲 Op.47「グラナダ」セレナータ。前者は小生寡聞にして知らず。しかしいずれも新鮮な感じがした。

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喜久田通子さんの曲は徳山美奈子のムジカ・ナラ。初めて聞く日本人作曲の奈良をイメージした清澄な曲。光と空気に語らしたとか。鹿が出てきそうだった。この作曲者の好きな哲学者、フランスのメルロ・ポンティに沿った発想という。実は小生もこの現象学の大家が好きで現役時代読み耽った思い出があるので親しみを感じた。

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上田友紀子さんは京都芸大大学院生。研究熱心と見えてバッハ、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシー、武満徹、シューベルトを一時間かけて演奏した。

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今日(2/8)は午後2時からSalon Classicで宮崎 剛コンサート・シリーズ2014の第3回目、「山本綾(ヴァイオリン)と宮崎 剛(ピアノ)デュオ・リサイタル」があった。いつもの人気者、宮崎 剛さんがプログラムに先立ち愛の挨拶(エルガー)をし、ヴァレンタインデイより一足早くジュテーム(愛してるよ)(サティ)と囁くとホールは静かになり、いよいよフランス音楽花盛りのプログラムが始まった。

最初の曲はピアノ曲、ドビュッシーの「夢」。幻想的で神秘感漂う音色。あの画家、モネ描く風景の光や空気の音楽版だ。次もピアノ曲。ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。パヴァーヌとは王侯貴族の踊り、まさにラヴェルらしい色彩に溢れた高貴な香のする曲だった。次はヴァイオリンのお出まし。山本綾さんの奏でるサン=サーンスのハバネラだ。ハバネラは西インド諸島の小島、ハイチからキューバにもたらされたキューバの民俗舞踊だ。19世紀末、プロシャとの戦い破れたフランスはドイツとは違うフランス独自の音楽を求めてエキゾチックなスパイスを音楽に加味した。このようなエキゾチックな曲をこんな小さなホールで聴くのは乙なもの。何だか鏡の中を走る朱色の線を見た。

休憩を挟んで、次はフランクの最高傑作と言われるヴァイオリンとピアノのためのソナタの全楽章。大作過ぎてその印象を短い言葉では言いつくせないが、演奏中、私の脳裏を何度かかすめたのは、20世紀前半ピカソやマティスなどとともに活躍した、光を求めてやまない画家デュフィだった。明るい色彩と軽快な筆さばきがどこかヴァイオリンの弓さばきに似ていて印象的だった。

いつものアトラクション、リクェスト曲は1.ハナミズキ 2.そりすべり 3.オーバー・ザ・レインボウ 4.ダンシングクィーン、そしてアンコール曲はチャールダッシュだった。

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昨晩はアルゼンチン出身のギターリスト、リカルド・モヤーノのギターリサイタルがSalon Classicであった。久しぶりに聴くギターの音色にしばし陶酔した。「南米とトルコを巡る音楽の旅」と銘打ったプログラムだけにラテン・アメリカのフォルクローレ(民族音楽)の数々を満喫した。ラテン音楽と聞くと賑やかで明るいリズミカルな曲を想像しがちだが、リカルドが弾くギターを聴いていると決してそうではなく、この地方に先住していた民やスペイン等から移住してきた者たちの悲喜こもごもの感情が調べに乗って現れた。

平素、聴いているクラシック音楽が精神的で魂を揺さぶるものとすれば、今日の演奏はもっと身体的で人の情感に訴えるものがあった。曲名からして、コスタリカの「絡み合い」、ボリヴィアの「運命」、アルゼンチンの「見捨てられた牧場」、「帰郷」、バラジルの「憐れみ」などが示唆するように、どこか悲壮感や哀切感が滲んでいた。

ギターそのものの音色が金属質も木質も含んでいて、どの音もが孤独で寂しいが、瑞々しく、むらさき色やえんじ色に輝やき、糸のようなか細い響きを滲ませながら消えて行った。センチメンタルやロマンチックな気分に浸るのはこのような音質のせいかも知れない。

静かさという名の布にこのような細い糸で縫い上げられたリズミカルな凹凸のある刺繍模様はそのまま心の襞模様であり心の綾だった。リズミカルな音には陰影があり、明暗があり陽気と陰気の両性を見た。ギターを胸に抱えて指で掻き鳴らすリカルドの姿を見ていると、彼のもう一つのハートが外に出て内部感情をさらけ出しているように思えたし、それを一心に眺めている観客の眼差しを見ているとだれの心にもギターが常在しているようにも感じた。

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大寒の季節にしては春のような暖かい今日、Salon Classicではアテフ・ハリムさんと仁賀 環さんの楽しい新春デュオコンサートが行われた。エジプト人の父とフランス人の母を持つアテフはカイロ生まれのパリ育ち、1993年の今日、日本にやってきて今日から日本生活22年目に入るという大の日本ファン。かたや環さんは日本の音大を卒業して後、パリ国立高等音楽院に音楽留学、以来23年間パリ生活を送ったパリジェンヌ。この二人が今日、森 明美さんの名司会の下熱演を演じた。

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一部の曲についてだけ少し印象を述べたい。ブラームスの”雨の歌”はその副題に捉われたのか、いささか湿っぽく、内省的に感じられた。バッハの無伴奏ヴァイオリンは何だか山深い木立の上で仙人が一人、天に向かって奏でている風で、その玄妙な響きに魂が揺さぶられた。

ドビュッシーはいかにもフランス的で、その曲名を見るだけで勝手な想像が膨らむ。ドイツ音楽が精神的だとすればフランス音楽は視覚的だ。「音も香りも夕暮れの空に漂うと、ロマンティックな気分に」なったし「アナカプリの丘にナポリ民謡が聞こえたきそうな感じ」がした。また有名な「亜麻色の髪の乙女を聴くと、モネの日傘をさす女が自然と浮かんで」きた。

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2015年1月14日 (水)
New Year Concerto 2015

1月4日、戸塚のさくらプラザで行われたディヴィッド・コレヴァー氏の 湘南チェンバーオーケストラとのピアノ・コンチェルトには出席できなかったが、今日、そのDVDを見聴いた。 生演奏ではないが、モーツァルトのピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503に満足した。その煌びやかさというか豪華さ素晴らしさをどう表現したらよいのか、なぜかその時、トランプの絵柄が心に浮かんだ。これだ、これで雰囲気が示せるだろう。

 

 

五行歌にすると

モーツァルト                                                  ピアノコンチェルト                                               その煌びやかさ                                                 譬えてみれば                                                  ♠K、♥Q、♣J、♦10…

Mozart                                                                                                                                                                                                           Piano Concerto                                                                                                                                                                                                 Its magnificence is                                                                                                                                                                                                Likened a shuffled                                                                                                                                                                                            Deck of cards face up

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1月8日(木)午後7時よりSalon Classicでこの二人のジョイント・リサイタルを催した。阿見さんは2000年に初めて発表された世界的名器、最高級ピアノShigeru Kawaiを同年に購入した若手ホープのピアニスト、かたやDavidは1992年以来23年に亘り毎年来日するわが息子的存在の米中堅ピアニストである。

プログラムは阿見さんが、ショパンの3つのマズルカ作品59、舟歌 嬰ヘ長調作品60とシューベルトの幻想曲ハ長調 作品15《さすらい人》、David Korevaarが、バッハの平均律第2巻よりプレリュード&フーガ嬰ヘ短調とプーランクのナザレの夜だった。

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阿見さんのプログラムの中、私のもっとも印象に残ったシューベルトの幻想曲さすらい人について感想を述べたい。後半終わり近いところで、音量豊かだが暗い音質の濁流の中で骨と骨が、肉と肉がしのぎを削るような、無茶苦茶なペシミズムの極みを見た。人生がさすらう旅ならば、そのような感に打たれる局面があっても少しも不思議ではない。もうそれは悲観美とでもいえそうな演奏部分だったが、そこが一番印象に残った。

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次にDavid Korevaarの「ナザレの夜」に触れよう。これは初めて聴く曲だった。プログラムノートを翻訳している時からこれはどんな曲だろうと勝手に想像していたが、予想にたがわず、フランス風エスプリに富んだプーランクらしい曲だった。ナザレの居酒屋に夜な夜な現れてはピアノの回りにたむろする連中8人をピアノで即興的にスケッチしたもの。曲に合わせて私も心の中で一筆画を描いていた。まずはこの男「分別臭さプンプン匂う」、お次「感情露わに思ったことズバズバぬかす」、次「無頓着かと思いきやなかなか慎重な御仁」、次「屁理屈一杯並べやがって」、次「人を煽てるのが上手い奴」、次「一人悦に入ってら」、次「人の不幸を喜ぶ嫌な奴」そして最後「抜け目のない年寄り」ばあさん、この居酒屋のオーナーてな具合。コミカルでユーモラス、いやシニカルか。クラシック音楽には崇高な美を求めがちだが、こんな曲を聴くと、なかなか機知に富んでいて小粋だなぁと思ってしまう。

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2015年1月5日 (月)
2015 New Year Concerto

TMCJ湘南Chamber Orchestraによる新年コンチェルトが2015年1月4日午後2時よりアメリカからDavid Korevaar氏を客演に迎え、横浜市戸塚区の区民文化センターさくらプラザホールで開かれた。

プログラム

W.A.モーツァルト: ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488 塩谷 遥

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W.A.モーツァルト: ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466 工藤真希子

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A.ヴィヴァルディ:二台のヴァイオリンのための協奏曲 イ短調Op.3 第8番 RV522 小野田さと(1stVn)君付理沙子(2ndVn)

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W.A.モーツァルト: ピアノ協奏曲 第25番 ハ長調 K.503 客演 ディヴィッド・コレヴァー

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本年最後のSalon Classicでのコンサートが始まりました。大町 剛と宮崎 剛、両剛さんのデュオです。今年は自然災害はじめ多くのことがありました。一足早い除夜の鐘のような祈りの曲から始まりました。ブロッホの「祈り」です。サロンに集まった30名ほどの聴衆が息を合わせたように一斉にしっとりと落ち着いた静かなチェロの音色に耳を傾けます。そんな中、ピアノがバ、バーンと大きな楔を打ち込みます。コンサートホールでは味わえない小振りのサロンの良さです。他人の聞こえない息吹きが聞こえます。そこに一体感が生まれます。次はショパンのバラード第1番作品23、宮崎さんのピアノソロです。若きショパンが祖国ポーランドを思いに思って書き上げた作品です。宮崎さんの時にうっとりした、また時に真剣な眼差しで弾く向こうに、また黒塗りの音の響きの向こうに、ポーランドの地が現れました。私まで遠くポーランドの地に思いを馳せ偲びました。今度はショパンのノクターン。膨らみのある音色に眠り入りそうになった私、寂しく哀調を帯びた音が静かに尾を引きます。そんな夜を想わすチェロの音色が続きます。

調子が変わって次はサン・サーンスの白鳥。澄明な音に埋没したような両剛さんのうっとりした表情。こちらまでその音色とメロディに酔いしれました。次はショパンの序奏と華麗なるポロネーズ作品3.この曲はチェロとピアノのために作曲されたもの。降り注いでくる音のシャワーにまったりした味を感じつつ耳を澄ましました。休憩を挟んで、後半は日本のうたのメドレー。曲名を予め明かされずに始まりましたが、私だってこのぐらいは解る。荒城の月、月の砂漠、夕焼け小焼けでした。チェロはこれらの曲によくマッチした楽器と紹介されましたが、逆にこれでチェロがどんな楽器か解りました。次に映画音楽メドレー。イタリアのモリー・コーネンのディナーとか。私には全然知らない人、曲でした。ここで突如、登場したのがクラリネットの井上春緒さん。狭い客席を縫って、クラリネットの少しくぐもった音色でチャールダッシュを独奏してくれました。しょっちゅうヴァイオリンで聴く曲ですがクラリネットでは初物、なかなかいい、ほんとに嬉しくなりました。

次はピアソラのリベルタンゴ。私の大好きな曲。両剛さんのチェロとピアノだけと思いきや飛び入りの井上春緒さんのクラリネットが入って大いに盛り上がりました。もう最高。明るく飛び上がりそうになる曲ですが、一本どこかに哀愁線が引かれている。アルゼンチンの自由なタンゴとまでは想像つくが、南米の空気を思わすこの曲のよさをどう表現したらよいのやら。次は両剛による中国の競馬を意図した「馬」の演奏。今日は第59回有馬記念とか。それに因んで中国の競馬を題材にした。その最後にいななく馬の声、ヒイヒヒーン。

これからは恒例の宮崎節。レクエストに応じ臨機応変に弾くピアノ芸当。今日はよく覚えていないが、ドビュッシーの亜麻色の髪の乙女や鐘、エリーゼのために、赤い花などだった。盛り沢山な今日のプログラムだったが、そこには音楽というものを楽める綿密な計算があったのだと思う。どうか来年もよろしくお願いしたいもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

2014年12月23日 (火)
上田友紀子ピアノリサイタル

今日は「聖夜を前に サロンで聴く」と銘打った上田友紀子さんのピアノリサイタルがSalon Classicであった。それはそれは素晴らしかった。上田さんは今、京都芸大の大学院生だ。今日はバッハ、ベートーヴェン、ドビュッシー、武満 徹、メンデルスゾーン、シューベルトと18、19、20世紀の作曲家を総なめにしたソロ演奏だった。多くの曲を空で上手に弾き分けるだけでも感動ものだったが、その上、プログラム・ノートも自ら達意の文で手掛け用意されたのは立派だった。

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プログラム

バッハ: 平均律クラヴィーア曲集第二巻より 第22番 変ロ短調 BWV891

ベートーヴェン:創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 作品34

ドビュッシー: 映像第1集 Ⅰ.水の反映 Ⅱ.ラモーを讃えて Ⅲ.運動

武満 徹:閉じた眼

メンデルスゾーン: 無言歌集より 変ホ長調 作品67-1  嬰ヘ短調 作品67-2

シューベルト: ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D958 Ⅰ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.

考えてみると不思議なことだ。ヨーロッパという異国の地で2,3百年も前に奏でられた音楽が今、こうして日本で演奏されてその美しさを愛でている。当時のヨーロッパ人と同じ美感覚を現在のわれわれ日本人が持っているのだ。それが不思議でならない。そこまでわれわれが西洋化したのだろうか。今日のプログラム・ノートのメンデルスゾーンの解説箇所に次のような下りがあった。「その音楽活動の出発点はユダヤ系の裕福な家柄だったメンデルスゾーン家が催す、サロンコンサートだった。彼のピアノ曲にはソナタや変奏曲などもあるが、数の上で圧倒的に多かったのがサロン風の雰囲気を持つ「無言歌集」だ。少年時代から馴染んだサロンの親密な空気は、この曲集にも大いに反映されたことだろう。「無言歌」とは文字どおり言葉のない歌、言いかえれば、歌詞こそないけれど、まるで歌のように豊かなメロディーで綴った音楽ということになる。

2,3百年前にこのような音楽をサロンで聴くという贅沢は王侯貴族はじめ裕福な階層に限られていたはずだ。今、こうしてうちのサロンでではあるが、このように聴けるのは大変な贅沢かも知れない。有難いことである。私達夫婦は、この若きメンデルスゾーンのように、これから次世代を担う音楽家を育てて行くことに使命を感じている。

 

2014年12月15日 (月)
第20回アゼリア音楽会

今日は寒い中、午後6時からSalon Classicでフェリス女学院大学音楽学部教授の黒川 浩氏を客演にお招きして七人の出演者で開催、音大在校生からベテランの音楽家まで全員がピアノを弾いた。同じスタインウェイのピアノでも紡ぎ出す音は区々、まだ初々しさが残る緊張気味の人から名馬を乗りこなす感の人まで色々だった。そのような中でピアノ美を探った。優美な美から重厚で骨のある美まである。絵画で物の構成や色のコントラストが美を造る上で非常に重要なように、音楽でももっと大きなコントラスト、たとえば、火花が飛ぶような熱いアクセントから音が消え入りそうな無に近いアクセントまでもっと強いコントラストが欲しい。静かに曲後の余韻に浸っている時、拍手が早すぎると思うときもあった。ピアノはヴァイオリンのようなアナログ音と違って、ボン、ボンとなるデジタル音によさがある。そのボンを聴くたび心の扉が開かれ、内面へ内面へと誘われる。黒川教授の解説入りで軽妙に鳴り出す曲の数々、なるほどと合点が行った。

プログラム 窪川綾さんのブラームス:ラプソディーOp.79-1ロ短調、上田友紀子さんのバッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻より第22番 変ロ短調BWV891、ベートーヴェン:創作主題による六つの変奏曲 ヘ長調作品34、ドビュッシー:映像第1集より第2曲ラモーを讃えて、メンデルスゾーン:無言歌集より変ホ長調 作品67-1、嬰ヘ短調 作品67-2、シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番ハ短調D958より第2,3,4楽章、野村美香さんのショパン:ピアノ・ソナタ第3番ロ短調 Op.58より第1,4楽章、岩本美子さんのリスト:”ため息””ラ・カンパネラ”ラヴェル:”水の戯れ”、松田あゆみさんのショパン:ポロネーズ第6番 変イ長調Op.53「英雄」、西 恵里夏さんのシューマン:幻想曲Op.17より第1楽章、客演黒川 浩教授のマルチェッロ:アダージオ、スカルラッティ:ソナタ ホ長調、ショパン:雨だれ、シベリウス:もみの木

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2014年12月13日 (土)
Yuletide Joint Recital

今日(12/13)は午後2時から客演に米コロラド大チャールズ・ウェザビー氏を招いてジョイントリサイタルをSalon Classicで行った。今日はたっぷりパフォーミング・アートのよさを味わった。パフォーミング・アートとは芸術家自身の身体が作品を構成し、作品のテーマになる芸術である。

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ソプラノの渡邉 栄子さんは倉田 亜樹さんのピアノ伴奏で、中田 章の季節にマッチした「早春賦」と越谷達之助の古典的な「初恋」、それに別宮 貞雄の「さくら横丁」、ドヴォルザークの「ジプシーの歌」7曲を歌われた。その顔の表情がよかった。聴衆は耳ばかりでない、やはり視覚に訴えるものが重要だ、その遠くを見詰める目にあの昔の初恋の恋情が宿っている。あの腕の振り、首の左右、前後、上下の振りにジプシーの情熱が絡まる。今日はとくに「さくら横丁」の低音のゆっくりした声に聞き惚れた。今の日本にないちょっと昔の日本の美しさを彷彿とさせた。

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次はピアノの国枝千加さん。ドビュッシーの「ベルガマスク組曲」で”メヌエット”や”月の光”など、さらにメトネルの「忘れられた調べ 第2集 作品39より5. 悲劇的ソナタ」並びにラヴェルの「プレリュード」だった。私にはメトネルがよかった。

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次は客演のチャールズ・ウェザビーのヴァイオリン、ピアノは霜浦陽子さん。曲はサラサーテの序奏とタランテラ、ファリアのスペイン民謡組曲やスペイン舞曲、アルベニスのタンゴおよびアンコール曲のいろいろ、彼と一緒に来日したコリン・フジワラ作曲の作品も披露された。その腕前はカーティス音楽院出身と聞くだけで保証されたようなものだが、その爽やかさ、清潔感にいたく感心した。彼が今日はじめて弓で弦を鳴らした時、咄嗟に私の頭をかすめたのはあの飴(あめ)だった。艶やかな茶色、あれを細く伸ばしたときの白く光る感触、そんな感じがした。かれの演奏時の腕、肩、腰、脚の動きを見ているとまさにパフォーミング・アーティストだった。伴奏の霜浦陽子さんもかれの動きに合わせ肩をいからしたり、身体をくの字に曲げたりと視覚的なおもしろみを加えてくれた。

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今回のチャス・ウェザビーとコリン・フジワラに会うのは初めてだったが、おもしろかったのはチャスがディヴィッド・コレヴァーとコロラド大の同僚であること、それにコリンがワシントン大のピアノ主任教授、ロビン・マッケーブを知っていること、またコリンのハズバンド(カメロン・ベネット)が1980年代に私たちの娘が行ったヴィクトリアの音楽キャンプに行っていたこと、それでチェロのシャピロをよく知っていることだった。日本酒を傾けながらこんなことで話がはずんだ。またまたスモール・ワールドを実感した。

 

外はジメジメ小雨が降っています。いかにも冬の到来を告げる雨です。今日、三回目の午後のひとときコンサートはハーピスト、上田あず紗さんのハープでお楽しみいただきました。ハープの中でも一番大きなグランドハープを持ち込んでの演奏でした。ハープの音色はいいですね。癒しの音です。ゆったりと艶のあるまあるい音です。幅も奥行もあって得も言われぬ美しさがあります。

その音色で奏でられたのはアメージンググレース、グリーンスリーブス、Smoke gets in your eyes, クリスマスソングのほかショパンのノクターンやひき潮でした。目の前にあるハープの弦を上田さんが指のうらでつまびいて行きます。耳から入る美しさと目から入るハープの曲線美が一つとなって私の情趣を擽りました。

終演後は美味しいケーキとロンネフェルトの紅茶で演奏者と聴衆が一緒になって寛ぎ雑談を楽しみました。お近くの方にもお見えいただき、言葉どおり午後のひとときを愉しく過ごしました。

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今日(11月15日) は第61回明石市美術展の洋画部門に初めて応募し作品を搬入してきました。題名は「ゲラシメンコ彗星人」。果たして入選するやいなや分かりませんが、開催が間近なのでとりあえずご案内させていただきます。 展示は前期:日本画・工芸・書道11月19日(水)~11月23日(日) 後期:洋画・彫刻・写真11月26日(水)~11月30日(日)                    9時30分~17時30分                 (ただし23日、30日は15時まで)… 会場は明石市立文化博物館 2階ギャラリーです。(JR・山陽電車明石駅から徒歩5分)明石市美術展事務局は開催ご案内のハガキも用意しておらず、いささか呆れましたが、ポスターの写真撮りを認めてくれましたので、それをそえてここにご案内する次第です。

なお私の作品につき、ご興味がないかも知れませんが、参考に付記させていただきます。 昔撮ったNYマンハッタンのネオンの夜景が、不幸にもぶれて使い物なりませんでした。が、ぶれたお蔭で、幸いにも却って迫力ある写真(右の写真)ができました。この写真をいつか手で描きたいとパソコンのデスクトップに入れて始終みていました。ついに先月着手、描くうちに砂漠の火のようになり、月の砂漠よろしく月を描くと火が異星人のイメージとなり、「月を食む異星人」か「月に吠える異星人」となりました。タイトルにそのようなものを考えていたところ数日前に探査機ロゼットが歌うたうゲラシメンコ彗星を捉えたというので、それだ、これにしようと彗星名を拝借したものです。(20号)

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2014.11.12 18:30 よりSalon Classicホールで開いた。

眞子千亜紀さんのピアノ、セヴラックの『日向で水浴びをする女たち』は私には馴染のない曲でしたが、一風変わった趣で印象派ないし象徴詩的な曲。「音で絵を描く」ような響きがありました。その絵はクールだが温かみがある、そんな印象を受けました。

次に野村さんがショパンのピアノソナタ第3番Op.58より第1楽章を弾き、仁賀 環さんがラヴェルの高雅で感傷的なワルツを弾きました。

その後に客演のアンジェイ・ピクル教授のピアノ、ショパンのノクターン、ポロネーズ 第4番と第6番「英雄ポロネーズ」。さすがショパンの本場から来られた人だけにそう思うのか大人の風格を感じました。落ち着いて弾くピアノは繊細で優雅、弱音が殊に美しく感じられました。ポロネーズ第4番は柔和な中に真剣な情熱が感じられ、第6番は抒情的で壮麗、生き生きとした新鮮さがありました。

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終演後、私がピクル先生に素晴らしい演奏だったと褒めると、今度は先生が私の絵を褒めてくださいました。ジャンルこそ違え、芸術という点では共通してると お互い共感し合いました。これからいい友達になるでしょう。

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今日はSalon Classic1Fのサロンでショパンの母国ポーランドから来日したアンジェイ・ピクル教授(クラクフ国立音楽大学卒業で現在その母校のピアノ科主任教授)のレッスンがあり、少しだけ覗いた。ピアノの後ろに掛かっている私が描いた花の絵を指し、同じ緑でも濃い緑もあれば淡い緑もある。ピアノも同じ、音の濃淡を弾き分けねばなりませんという。またベートーヴェンのピアノソナタ「告別」では、この別れを惜しむ曲をそう楽しく弾くものではありませんと。たしかにテクニックもさることながら作曲した背景や意図を理解し音楽性、つまりハートを出さなければならないと知りました。

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今秋から始めたSalon Classic 一階サロンでの午後のひとときコンサートの今日は第2回目です。 肩の凝らない気軽さをモットーにして毎月第1木曜日1時から始めるコンサートです。 終演後は出演者、観客が一緒になって阪神間の有名スイーツとロンネフェルトの紅茶を頂きながら 自由におしゃべりを楽しんでもらおうというものです。

第2回目の今日は遠く広島から来て頂いたソプラノの工西美穂さんが長くパリに音楽留学して最近 帰国された仁賀 環さんのピアノ伴奏で日本の抒情歌を歌ってくださいました。

曲は
宵待草
もみじ(みなで歌う)
アヴェ・マリア(カッチーニ)
里の秋(みなで歌う)
からたちの花
オペラ、ジャンニスキッキ”お父様お願い”
でした。

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Salon Classic で開かれた。

プログラムは下記のとおり。

1.  ショパン:     バラード第1番Op.23   田中 未殊(ピアノ)

 2.  小林秀雄:           落葉松       宮崎 明子(ソプラノ)

      中田喜直:           霧と話した       竹田 景子(伴奏)

      モーツァルト:   オペラ「コジ ファントゥッテ」より

                  ‘岩のように’

     ドニゼッティ:          私は家をつくりたい

     ヴェルディ:           ああ悲しみの聖母様

     ヴェルディ:           ひとつの星に

     ヴェルディ:       オペラ「ドン・カルロ」より

                 ‘世のむなしさを知る神

3.   E.グリーグ    抒情小曲集 第8集 作品65   斉藤 至(ピアノ)

  1)青年時代から  2) 農民の歌  3) 憂鬱 4) サロン   5) バラード風に  6) トロルハウゲンの婚礼の日

4.   ショパン: ピアノソナタ第3番Op.58より第1楽章    (ピアノ)

 

 

2014年9月8日(月)18:00開演 Salon Classicにて

本日は非常に充実した音楽会だった。客演として迎えたイヴ・アンリ教授がフランス政府から二つの文化勲章を受章した類稀なピアニストであることはもちろんだが、同時に出演した大橋美帆さん、伊東くみさん、冨樫三起子さんの演奏も素晴らしかった。音楽の表現力というのか、音を通じて絵画を、詩を、バレエを今日ほど彷彿とさせられてことはない。

伊東くみさんのピアノ、「リストのラ・カンパネラ」や「ドビュッシーの喜びの島」が私の心の中で絵となって迫り、大橋美帆さんのピアノ、K.シマノフスキーの「メトープ三つの詩Op.29」、が私の心の中でギリシャ神話のオディッセイ物語となって響き、そして冨樫三起子さんの「プロコフィエフのバレエ「ロメオとジュリエット」」のピアノが私の心の中でバレエの舞台となった。耳や脳を打つ音があたかも床を踏むバレエダンサーのタップの音となって聞こえた。私の油彩、「南葉山の海」を横目にしながら「ドビュッシーの「水の反映」を弾いてくださったとか。

客演のイヴ・アンリは私の大好きなピアニストで、彼のピアノを聴くたび「音楽性」とは何かを考えさせてくれる。今日もシューベルト、ショパン、リスト、ラフマニノフ、それに自ら編曲したポール・デユカス:交響詩『魔法使いの弟子』を聴かせてくれた。同じホールのピアノを使いながら、どうしてかくも音が違うのか。かれの奏でるピアノは一つ一つの音が磨き抜かれ、光輝く数珠玉となって滴り落ちる。それが時に束となってフィナーレの花火のようにダイナミックなエクスタシーを感じさせてくれる。

終演後近くのレストランで一緒に食事をしながら、われわれのゲストブックに一言書き入れてくれた。フランス語だからよく分からないが、彼の編曲した交響詩『魔法使いの弟子』のCDを来秋出す時には私の油彩「楽の音」をそのカバーに使ってくれるそうだ。78歳のこの年寄りに音楽はまたとない世界に誘ってくれる。

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宮崎 剛コンサート・シリーズ2014 第2回

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   2014年8月30日(土)

いつものことながら、宮崎氏の演奏に先立つ面白い曲解説が演奏自体とともに人気の的なのか、今日も多くの観衆が詰めかけた。

~~~~~~プログラム~~~~~~

リスト: なぐさめ 第3番

リストは女好きで、ついにはロシア女に惚れ、周りの多くから蔑まれる中で味方してくれる人もいた。この「なぐさめ」はその味方してくれる人にあてて書いたとか、ロマンチックな曲。

ショパン: スケルツォ第1番 作品20

ショパンは異国の空で一人、祖国ポーランドを想い、家族を想い、孤独を囲いながら不協和音も混じる当時の前衛音楽をこのように作曲したとか。

ショパン: バラード 第1番 作品23

バラードは文学、中でも詩、その物語風ポエムにインスピレーションを得て、空想の中で「祖国ポーランドよ、強くあれ」と祖国愛を示した曲であるとか。

シューマン: 子供の情景 作品15より「異国から」、「トロイメライ」

シューマンの前に実際に子供がいるわけではない。いるのは彼のハートの中だけ。早く結婚して子供に恵まれたいと夢を描いたものとか。ファンタジイを感じた。

シューマン: アラベスク作品18
アラベスクは、アラビア風の、模様のきれいな、を指す語。ハ長調のこの曲は模様がきれいで、色は白。白といえば花嫁衣裳。早く結婚したいとの願望が秘められているとか。

ショパン: ワルツ 作品69ー1(遺作)

「別れのワルツ」と知られるが、この別れは永遠の別れでなく「じゃ、またね」といって別れるようなもの。(遺作)は概して怪しい。

ショパン: バラード 第4番 作品52

ジョルジュ・サンドという年上の女性を熱烈に愛したが、ついに実らず。ちょっと話は聞き洩らしたが、エレガントでスイート、ドラマチックでもあった。

アンコールとして、いつも観衆から出たその場のリクエスト曲5曲をメドレーにして当意即妙に弾く、この技が大いに観衆に受ける。今日はダンシング・オールナイト、ドビュッシーのアラベスク、ショパンのノクターンなどだった。

 

ようこそ今日は

Salon Classicにお出でくださいました。

分かりやすかったでしょう!

芦屋川駅からほんの2,3分ですから。

パーキング場がないのが不便だった?

すみません。

作るスペースがなかったんです。

でも最近、裏方100歩ほどの所に

コイン・パーキングができました。

ちょっと入りにくかった?

ちょっとお澄ましのビルだった?

それは外観だけです。

どなたも暖かくお迎えします。

ホールはいかがでした?

ゆっくり楽しめましたか

窮屈でしたか

すみません

今回は大入り満員の日もあったんで…

椅子が固かった

すみません。

儲かったらいいのに替えます。

スリッパーに履き替えるの

面倒くさかった

すみません。

土埃を私に被らせないでと

スタインウエイが泣くんです。

絵が楽しかった

有難うございます。

私の絵でも

ヨーロッパ的雰囲気が

漂えばといいと思って

掛けました。

こんなところでよろしければ

どうぞ、どうぞ

いらしてください。

そしてホールやサロン

よければ借りてください。

何ならチラシもお作りしますよ

それから

もう一つ耳寄りな話

あのアンリ・シャルパンティエの

元・名パティシエが

Salon Classicのために

特製の洋菓子を作ってくれるんです。

何て名付けようか、そうだ

音楽とお菓子の共演だ

「シンフォニー」とでもしようかな

他の所では手に入りませんよ

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 写真 (114)  写真 (113)8月20日(水)18:30よりSalon Classicで最後は霜浦陽子さんと組んでシャンドルのヴァイオリン・コンサートは終わった。 三回のコンサートで今まで取り上げなかった曲についてその印象を述べよう。2番目のベートーヴェンのスプリング・ソナタは私の耳にもお馴染みだが、大作過ぎて歯が立たない。3番目はパガニーニの「悪魔の踊り」、悪魔どころか、平和のシンボルのハトが群れをなしてヴァイオリン上に急降下してきて、一斉に首を上下させてエサをコチョ、コチョ、コチョと啄んでいる情景が浮…かんだ。サラサーテの「序奏とタランテラ」。壜と壜をすり合わせたような妙な音だが、不思議と寒気はしない。7番目にラヴェルの「ツィガーヌ」。よかった。即興ができるシャンドルが少し編曲しての初演らしいが、聴いているうちに、せむし男が暗い森から出てきて奇妙で不可解な音を立てる。そこへピアノがさざ波を起こす。怒りに怒ったせむし男が奇妙なシュポ、シュポ、シュポという声を残して行ってしまった。8番目はバッツィーニの「妖精の踊り」。軽快で可愛い、明るい妖精が踊りを止めない。おどけて見せる者、大笑している者、おや、一人が延々としゃべり出した。ピイチク、ピイチク、カタゴト、カタゴトと。 この演奏が最後とあって大サービス。アンコールは今回の持ち歌のすべて、5曲を披露。観衆が喜ばないはずがない。こうして夏の夜のフィナールは終わっていった。38歳のシャンドル。これはアレキサンダーのサンダーが訛ったものだ。じゃ、また来年。今度は弟のチェリスト、アダムを連れてくるんだぞ。 もっと見る
写真 (115)
写真 (118)昨日に引き続き今日は二時から林典子さんの伴奏でシャンドル・ヤヴォルカイのヴァイオリンリサイタルをSalon Classicで催した。
人懐っこいシャンドルはすぐにみなのアイドルとなった。大きな体に不似合な小さなヴァイオリン。だからこそ自家薬籠中のものとして彼の一部になっているのだろう。
今日の演奏を画家スーラー張りの点描画で振り返ってみよう。弓が弦に触れて滴ち落ちる点の音で描いたロマンチックな図だ。 エルガーの「愛の挨拶」:音点が一本の赤糸、青糸となり、それが上下に波打ち…ながら挨拶をする。最後は丁寧に頭を垂れた。 クライスラーの「愛の喜び」:黄色と空色が隣合う点描、「愛の悲しみ」:薄紫に栗色が漂う点描、「美しきロスマリン」:ピンクに薄緑の美しい点描。マスネの「タイスの瞑想曲」:グレイに薄ピンクが効いた長い巻き物、祈りを込めて静かに開いていった。静謐。すっかり開き終わったとき、物音一つしなかった。
サラサーテの「カルメンファンタジー」:茶色の硬質なガラス片から変化して、美しいかな文字の草書となり、やがて粉末となってカルタシスを迎えた。「ツイゴイネルワイゼン」:弓も弦も指も目も止まらぬ速さでバイオリン上を小刻みに走り回り、哀愁に咽びながら遠い祖先の故郷に誘ってくれた。モンティのチャールダッシュ:擦って擦って、削って削ってハンガリー魂に磨きを掛ける、最後はか細い、か細い、あるかなしかの音で終わった。一連の演奏からなぜヴァイオリンの音色がかくも人の心を魅了するのか、私なりに合点がいった。
ベートーヴェンの「ロマンス ヘ長調」と、昨日、タルティーニの「悪魔のトリル」は述べたので割愛する。
写真 (119)

 

Salon Classicで8月19日(火)18:30から始まった。シャンドルがこのホールをヨーロッパの昔のサロンのようだと褒めてくれた。そこに60人の観衆がつめかけてくださった。

写真 (105)

 

最初に現れたのは仁賀 環さん。23年に及ぶフランス留学(パリ国立高等音楽院卒)から帰国しての初演奏会。曲はショパンの舟歌Op.60。 キラキラと光る波間に浮かぶ小舟、たゆとうとした、のどかな風情が漂う。長いフランス生活にもかかわらず日本の情緒を保ち続けた彼女に相応しい曲だった。… 曲は変わって次はシューマンのクライスレリアーナ。8楽章からなる長い曲。ロベルト・シューマンが熱烈に恋したピアノ教師の娘クララ、しかしその父親の反対に会い、文通もままならず、二人が想いを通わせるのは音楽を通じてだけ、ロベルトが「クライスレリアーナ」に託してクララに熱い想いを語ると、クララはその中に自分を発見して微笑むのだった。

写真 (103)

 

さて次はヨーロッパ中を沸かしたシャンドル・ヤヴォルカイ。なるほどその人気の秘密が解るような気がした。あの憎めないおおらかで朗らかな表情。ロマの血が騒ぐのか。大きな身体から心臓が飛び出してヴァイオリンに化けたのかと思うほど心の音だった。とにかく弦の上を走る弓さばきの速さの速いこと速いこと。まさに超絶技巧だ。その間に紡ぎ出される千万色の音。「艶」という字が示す通り豊かな色だ。これが最初に奏でたタルティーニの「悪魔のトリル」か。”神は細部に宿り給う”というが、まさに彼のヴァイオリンには神も悪魔も棲んでいる。彼は本当に音のマジシャンであり音のアクロバットだ。

クライスラー 愛の喜び、愛の悲しみ サラサーテ  序奏とタランテラ サラサーテ  カルメン幻想曲 サンサーンス 序奏とロンドカプリツィオーソ の他に

アンコールの大サービス エルガー   愛の挨拶 サラサーテ  チゴイネルワイゼン モンティ   チャルダッシュ

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彼のレッスン風景も見た。もの凄くエネルギッシュでダイナミック。 生徒さんにはいい勉強になると思った。

もっと見る

2014年6月29日 (日)
RAUM Quartet Recital

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紡ぎ出される音の雫

ヴァイオリン:  キム・ドゥラン、 福嶋令奈

ヴィオラ:          太田玲奈

チェロ:              細谷公三香

~~~~~プログラム~~~~~

エルガー:     愛のあいさつ

ボロディン:     弦楽四重奏曲第2番
第1楽章:Allegro moderato
第2楽章:Scherzo. Allegro
第3楽章:Notturno. Andante
第4楽章:Finale. Andante – Vivace

ボロディン:  スペイン風セレナーデ
~B-la-Fのテーマ~

ドヴォルザーク: 弦楽四重奏曲第12番 『アメリカ』
第1楽章:Allegro ma non troppo
第2楽章:Lento
第3楽章:Molto vivace
第4楽章:Vivace ma non troppo

2014年6月27日(金) 開演19:00

Salon Classic (芦屋市東芦屋町3―9)

 

~~~プログラム~~~

霜浦陽子 ピアノ

ベートーヴェン: ピアノソナタ第8番 ハ短調Op.13 「悲愴」
Ⅰ Grave-Allegro di molto e con brio
Ⅱ Adagio cantabile
Ⅲ Rondo; Allegro

ショパン:      ノクターン変イ長調 Op.9-2

子犬のワルツ 変ニ長調 Op.64-1
幻想即興曲 Op.66
幻想曲 へ短調 Op.49

David Korevaar ピアノ

バッハ:  平均律クラヴィーア曲集第二巻より
ホ長調 前奏曲とフーガ

シューベルト:   ピアノソナタ 第20番 イ長調 D.959

Ⅰ Allegro
Ⅱ Andantino
Ⅲ Scherzo:Allegro Vivace-
Trio:Un poco piu lento
Ⅳ Rondo.Allegretto-Presto

2014年6月28日(土)開演19:00

汐留ベヒシュタイン サロン

 

2014年6月22日 (日)
The Summer Joint Recital

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David Korevaarの演奏を聴いていると、やはり他の人たちの演奏とは一味違うように思ってしまう。プロだからというより音楽性が違う。音楽性とは何か。よく耳にする言葉だが左脳的な理屈は知らない。私は右脳的に感じる美しさが音楽性だと思う。耳学問でないが私はこの20年来、耳音楽できたから、目や手や口でする楽譜は分からないが、耳にする音楽感度はかなり発達してきたと思う。音楽も絵と同じでそこに美しさがなければならない。絵が空間の美とするなら音楽は時間の美だ。どんな大きさの絵にも空間的な構成があり色の濃淡や質感、陰影、あるいはコントラストやアクセントがあり、それらに画家が陶酔しているとき知らず知らずの中に美を創造している。音楽の場合はどうだろう。この場合は時間的な構成があって、その中での音の強弱や緩急、それに音の質感などで作る抒情性に演奏者自身が浸って弾いているとき、知らず知らずに音楽美が創造されているのだと思う。ややもすると凹凸のない単調な一本調子になりやすい演奏の中で、やはりDavidの演奏には抒情性を感じた。高い音が一つカンとしたとき、アクセントに黄色い点を一つ絵に描き入れた気分になった。

 

~~~~プログラム~~~~

1.プーランク:      間奏曲第3番変イ長調    矢内 美希(ピアノ)

ショパン:        舟歌 Op.60

2.ラフマニノフ:楽興の時 Op.16よりNo.1・4   野村 昌子(ピアノ)

3.ドビュッシー:  プレリュード第1巻より     進野裕代(ピアノ)

第7番 西風の見たもの

第8番 亜麻色の髪の乙女

第9番 パックの踊り

上田友紀子(ピアノ)

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4.ドビュッシー:12の練習曲より第8番「装飾音のための」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第7番 ニ長調 作品10-3 第1,3,4楽章
フォーレ:ノクターン第13番 ロ短調 作品119
バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻より第22番 変ロ短調 BWV891
ベートーヴェン:創作主題による6つの変奏曲 作品34
ショパン:ノクターン第18番 ホ長調 作品62-2

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終演後、茶菓で寛ぐ出演者たち

 

2014年5月31日 (土)
Afternoon Concert

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フルート:中野沙耶  ピアノ:越山沙璃

日時: 2014年5月30日(金)14:00開演

場所:   Salon Classic (芦屋市東芦屋町3-9 1F)

~~~~~プログラム~~~~~

アベマリア(シューベルト)
アベマリア(バッハ   グノー編曲)
アルルの女より(ビゼー)
シシリエンヌ(フォーレ)
ハンガリー舞曲(ブラームス)  他

 

2014年5月26日 (月)
2014.5.24 (土) Joint Recital

場所: 横浜市旭区民文化センター サンハート「音楽ホール」

~~~~~プログラム~~~~~

1.ホルスト:  The Planets  作品32 より「Jupiter」  中島健次郎(ピアノ)

ラフマニノフ:  交響曲第2番ホ短調 作品27より第3楽章 アダージョ

[連弾]  中島健次郎(ピアノ) 久保健俊

2.ブラームス: クラリネット ソナタ 第1番

石田祥子(クラリネット)  横山美里(ピアノ)

3.リスト:  詩的で宗教的な調べ 第7曲「葬送」 (客演) 横山美里(ピアノ)

4.メンデルスゾーン:  ピアノ三重奏曲第1番Op.49.

川上夢呼(ピアノ) 松本裕香(ヴァイオリン)  浜崎佳恵(チェロ)

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一部の印象を述べる。リストの「葬送」には「1849年10月」という副題がついている。当時、ハンガリーで革命があり、祖国のために命を落とした多くの若者に対する追悼の意がこの曲には込められている。なるほど葬送らしく重々しく厳粛に始まった曲だが、進むに連れてテンポが速くなりパワフルでダイナミックな調べに変化した。それが真っ白な蒸気に包まれたような黒い図体、大きな行列に映った。黒の喪服のようでもあり、またシュポシュポと轟音を轟かせて走るSL(蒸気機関車)のようでもあった。

若さが迸るような三人の弾くメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲に感動した。弾いている三人の表情がよい。真剣そのものの中に上半身が、首が鋭く揺れる。フィナーレ近く三楽器が渾然一体となって織り成す、小気味よい軽妙にして軽快な音のシャワー、いやカスケード(小滝)に心が洗われ爽やかなエクスタシーを覚えた。

 

夏日を思わす今日、N響首席チェリストの藤森亮一氏とコンサート・ピアニストの横山美里さんがSalon Classicで約40名の観客を目前にして豪華な演奏を披露した。

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J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008
プレリュード
アルマンド
クーラント
サラバンド
メヌエット
ジーグ

ブラームス チェロソナタ第1番 ホ短調
I. Allegro no troppo
II.  Allegretto quasi Menuetto
III.  Allegro

ラフマニノフ  前奏曲 嬰ハ短調  作品3-2「鐘」
前奏曲 ニ長調  作品23-4

ピアソラ    オブリビオン
ル・グラン・タンゴ

アンコール曲  ラフマニノフ ヴォカリーズ  サン=サーンス 白鳥の湖

3年前、このお二人と読響の小森谷 巧氏の三人で組むThe Grand Trioの演奏に感激した筆者は演奏シーンを30号の油絵にしてホールの壁に飾った。その絵に見入りながらお二人は演奏した。本日のバッハ曲はその作品の中でも特に高く評価されるものの一つだそうで、深く艶やかなチェロの響きは荘厳で崇高、ほの暗いバロック教会の中で聴くような醍醐味を味わった。次のブラームスは重量感があり内省的で非常に渋かった。前半の曲に引換え後半は闊達な曲。ラフマニノフの最も有名な曲、前奏曲 嬰ハ短調  作品3-2「鐘」はモスクワの赤の広場の、クレムリン宮殿の鐘にインスピレーションを得たとか、憂鬱な感じがするがロシアを旅したことのある筆者はラフマニノフが好きだ。この曲は浅田真央の舞にも用いられてお馴染みになった。最後のピアソラのル・グラン・タンゴは情感をチェロに叩きつけたような傑作で、そのエキゾチックな音色に圧倒された。

 

2014年5月11日(日) 14:00開演

Salon Classicにて

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定評のある宮崎 剛氏のコンサート・シリーズ2014の第1回は中島恵美(ソプラノ)さんとのデュオで始まった。中島さんはNHK文化講座で宮崎氏とともにコーラスの指導をされたり宝塚音楽学校や母校の大阪芸大で講師もされているオペラシンガーである。今日のコンサートはエンターテイニングでありつつも格調高くかつ教養的だった。満席の聴衆も大喜びだった。

~~~~~~プログラム~~~~~~

ショパン:     前奏曲 作品28ー15「雨だれ」
ラフマニノフ:   前奏曲 作品3ー2「鐘」
ドビュッシー:   月の光
マスカーニ:    月
プッチーニ:    ‘私の名はミミ’、‘告別の歌’

(オペラ「ラ・ボエーム」より)
~~~~~~~休憩~~~~~~

バッハ:      平均律クラヴィーア曲集第1巻より「前奏曲」
ラフマニノフ:   前奏曲 作品23ー6
ガーシュウィン:  3つの前奏曲
武満徹:      めぐり逢い
武満徹:      小さな空
ガーシュウィン:  サマータイム

(オペラ「ポギーとべス」より)

今日のピアノは「前奏曲」特集。それぞれの違った雰囲気が味わえた。特に気持ちをうきうきさせるジャズっぽいガーシュウインが好きだった。

声量豊かにドラマティックに歌う中島恵美さんのプッチーニの曲、ガーシュウィンの曲、本格的なオペラ・シンガーの声がこの小さなサロン一杯にこだまして聴衆一同を魅了した。

いつもの観客からのリクェストに応えたアドリブ曲には「愛の挨拶」「津軽海峡冬景色」「菫の花咲く頃」や母の日に因んだ曲らが続き、最後にはハッピーバースディーソング。中島氏がアンコールにプッチーニの「いとしきお父さん」を歌い、締めくくりは全員で「ふるさと」を歌った。

 

2014.4.26(土) 開演17:30 Salon Classicにて

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今日はフランスから来日したフランス文化省芸術文化勲章に輝いたピアニスト、イヴ・アンリ氏を客演に、いついつまでも若々しく溌剌としたソプラノ歌手、渡邉栄子さん、それにロシア仕込みのピアニスト、北野裕司さんの演奏でサロンは満員の盛況を呈した。

プログラム

写真 (19)

渡邉栄子(ソプラノ)倉田亜樹(伴奏)

ドヴォルザーク: 四つに歌 1.孤独な私の魂に 2.刺繍をする女 3.春 4、小川のほとりで

ヴェルディ: オペラ「海賊」より”この暗い考えを”

ズィーチンスキー: ウィーンわが夢の街  ガーシュイン: サマータイム フォーレ: 夢のあとに クルティス: 勿忘草

後半の歌が特によかった。ウィーンわが夢の街のドイツ語歌、サマータイムの英語歌、夢のあとにのフランス語歌、勿忘草のイタリア語歌、それぞれに違う言語で歌う楽しさ、歌の雰囲気が出ていた。渡邉さんの解説のようにドイツ語は関東弁に近く、イタリア語は関西弁に近いというのは当っているように思えた。寒いドイツは日本の青森のように口をあまり開けず狭母音に、逆に暖かいイタリアは大阪のように口を大きく開けて広母音に発音するのだろう。朗々と歌う姿勢に感銘を受けた。

写真 (17)

北野裕司(ピアノ)

ベートーヴェン: 創作主題による6つの変奏曲ヘ長調Op.34  スクリャービン: 2つの詩曲 Op.32  リスト:バラード第2番ロ短調 S.171

2番目のスクリャービン2つの詩曲が特によかった。普段あまり耳慣れない曲だが、さすがにモスクワ音楽院に留学していたピアニストだけにロシアピアニズムを感じさせてくれるスクリャービンの一風変わったリズムとテンポの神秘的な曲に興味をそそられた。

写真 (15)

イヴ・アンリ(ピアノ)

シューマン: 謝肉祭Op.9  ショパン: ソナタ第2番Op.35-3,4楽章 リスト: 葬送  アンコール曲 ショパン:ノクターン「遺作」

同じピアノからかくも違う音色が出てくるとは!!フランス文化省から二つの芸術文化勲章を受章したピアニストだけにその弾き方にまさしくピアノ芸術の神髄を視た。ピアノを弾くとはこういうことを指すのかと改めて感じ入った。一心不乱に鍵盤を見下ろしているイヴ・アンリにとって、鍵盤は小さな10人の音法師が躍っている舞台なのだろうか。彼の10本の指糸で操られた10人の音の一寸法師が同時に思い思いに左に跳ね、右に跳ね、時に高く飛び跳ね、低くうずくまる、そのダイナミックな音の姿、反対に今にもこの世から永遠に消え去るような静かな静かな音の姿に人形劇を観る思いだった。

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The Music Center Japan主催で行った東京オペラシティリサイタルホールでの同トリオの演奏会をSalon Classicでも行った。

プログラムも同一で世界でも数少ないアルペジオーネの奏者、ベルギーから来日したニコラ・デルタイユの得も言われぬ絶妙の切なる調べに陶酔した。アルペジオーネはチェロに先立つ古楽器でチェロよりも広域の音色を出す。

フルート:神田望美。ベルギーを拠点に活動するフルーティスト。フェリス女学院大学音楽学部、王立モンス音楽院卒。王立ブリュッセル音楽院教職課程、ブリュッセル・ダルクローズ専門学校スペリウール研修コース修了。

ピアノ:長浜恵子。桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ専攻卒業。卒業後渡仏。国立リュエイユ・マルメゾン音楽院、パリ高等音楽院卒。2011年ブリュッセルにて「東京ブリュッセルトリオ」結成、第1回演奏会開催。

チェロ、アルペジオーネ:ニコラ・デルタイユ。ベルギー名門エリザベート王妃音楽院、ジュリアード音楽院卒。ヨーロッパ諸国を中心に、イスラエル、レバンン、アメリカ、英国などでソリストまたは室内楽奏者として活躍。

プログラム

J.ハイドン; トリオ Hob.15-16ニ長調。 P.ゴベール:二つの水彩画。 J.N.フンメル:トリオ作品78 D.J.ローゼンシャイン: 委嘱作品世界初演(フルート、アルペジオーネとピアノのための)B.マルティヌー:トリオ

2014年4月16日(水)午後6時30分~

春の陽気が充満するなか、Salon Classicも熱気とロマンで充満した。元タカラジェンヌの花城アリアさんを追っかけるファンもおればベルギーからはるばる来日した若いチェリスト、ニコラ・デルタイユを待ち受けていたファンもおり、男女半々の40名強でホールは沸いた。

花城アリア  ピアノ伴奏: 林 典子

写真 (21)

さくら さくら  、 朧月夜
I Got Rhythm
黄昏のビギン
Wの悲劇
C´est  si  bon
祈り  ~a prayer~
すみれの花咲く頃

日本情緒たっぷりの「さくらさくら」「朧月夜」から昔懐かしいシャンソンのC’est si bon、純聖な祈り、a prayer、今月の宝塚百周年を想わざるをえない「すみれの花咲く頃」まで、美女の全身から溢れ出る甘い美声にみなして酔った。

ニコラ・デルタイユ チェロ独奏

写真 (33)

バッハ: 無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007

人間楽器の美声に替わって今度はチェロの甘美な低音の魅力に取りつかれた。わが骨が弓で弾かれているような錯覚を覚えるぐらいに体内からほのぼのと舞い上がってくる恍惚感、バッハ曲は祈りにも似て教会に座している気分にもなった。

 

典子 ピアノ独奏

写真 (27)

メンデルスゾーン:  春の歌

春に相応しいお馴染みの曲。ピアノの後ろに飾った油彩「春」と共鳴して春の気分を盛り上げてくれた。

ニコラ・デルタイユ チェロ 林 典子 ピアノ

写真 (29)

エルガー:      愛の挨拶

フォーレ:      夢の後に

サン=サーンス:    白鳥

グノー:              アヴェマリア

ニコラ・デルタイユ & 花城アリア 
シューベルト:   アヴェマリア

メンデルスゾーン: 歌の翼に

写真 (14)

 

2014年4月13日、午後2時からSalon Classicにて第16回アゼリア音楽会が開かれた。

1.竹田景子さんの伴奏で宮崎明子さん(ソプラノ)の歌曲で始まった。曲はトスティの「四月」「薔薇」それに「最後の曲」、次はカタラーニのオペラ「ラ ワリー」より”さようなら、ふるさとの家よ”、團 伊玖磨のオペラ「夕鶴」より”私の大事な与ひょう””さよなら”、最後はレオン・キャバレロのオペラ「道化師」より”鳥の歌”だった。

2.岩本美子さんのピアノでリストの「森のささやき」が演じられた。

3.諌山 智恵さん(ソプラノ)が岩本美子さんの伴奏で中田義直作曲の「六つの子供の歌」を歌った。1)は西条八十の「うばぐるま」、2)小川未明の「烏」、3)竹久夢二の「風の子供」、4)山村暮鳥の「たあんき ぽーんき」、5)野口雨情の「ねむの木」、6)三木露風の「おやすみ」だった。

4.豊田真理さんのフルート、宮脇貴司さんのピアノでジャン=ミシェル・ダマーズの「演奏会用ソナタ」

5.野村昌子さんのピアノで、ラフマニノフの絵画的練習曲Op.33よりNo.2,6,9だった。

 

今日の演奏の中で筆者の印象に残った諌山さんの中田義直の「六つの子供の歌」について感想を述べておきたい。

この曲は1947年に作曲され、作曲家としての中田喜直の名前を不朽にした最初の作品だそうである。いずれの作詞家も明治初期に生まれており、明治、大正の子供の面影を残したメモリーバンクのようだ。現に中田は昭和2年発行の小学生全集(西条八十編・日本童謡集)から詩を取っている。百年ほど前の日本ののんどかな風景を垣間見た気持ちになった。

 

 

 

2014年4月12日 (土)
ポッサラッセ展

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3月22日(土)より3月29日(土)まで

Salon Classicで開いた中西隆夫の個展。

油絵、書、スケッチ、五行歌などを展示。

ポッサラッセは造語。Post salaryman Life Essayの略。

 

2014年2月16日 (日)
最近の五行歌

誰かがボクに Someone gives me
毎日をくれ. each and everyday.
さらに. Moreover
ボクをくれている He gives me myself
だから生きてるんだ. That’s why I am alive.

雨上がり
水溜まりに映る
ゴールドの
夕焼け雲
真珠貝に似て

二ヶ月ぶりの東京
車中、関東は黒っぽい
関西は白っぽい
うどんの濃味と
薄味みたいや

高貴な
赤椿一輪
静寂の中で
モナリザのように
微笑む 黄色い芯

朝方
まどろみの中で
歌をする
一人だけの
法悦

わが絵心
書心
歌心
天に溶けよ
歳行くほどに

時間美を
空間美に
変えて、見た
サンサーンスの曲は
シャガールの絵

現在という額縁で
飾った過去を
愛でるより
額外にある
未来に馳せる夢

グルグル身を回転させ
矢継ぎ早に飛んで行く
人間飛翔物体
あれに意識はあるのか
スノボースロープスタイル

寒空の下
泰然自若の
松が枝と
姸を競う
紅椿、白椿

キンメダイに
ギンメダイ
ソチらさんは
どっちがよろし
ドウでもええ

はじかんだ手に
握りしめた
冬の旅
さよならと
言い残して

永久にかわらぬ
阪急電車色した
この色香
貴方に捧げます
私の名はチョコ

皇室の色が
変わらぬ限り
阪急電車も
色を変えません
この一徹さ

ロマンは精神
リアルは肉体
ロマンはリアルに
リアルはロマンに
乗っかて行く

羽が生まれ
弦が結ばれた
白鳥の湖に
金が
舞い降りた

日の丸の
白地は
氷雪
赤丸は
金、銀、銅メダル

赤い椿に
雪片いっぱい
振り掛けて
いっちょ上がりの
氷イチゴ

七掛け56
精神年齢
八掛け62
体内年齢
ずばり78経験年齢

2014年2月10日 (月)
第15回 アゼリア音楽会

バッハ: 平均律第2巻第7番 BWV.876      大橋俊介(ピアノ)  
ショパン: エチュード Op.10-1, Op.25-10
バルトーク: ピアノソナタ Sz.80 第1楽章
写真 (28)
音大受験生の俊介君、妹君の咲月さんの演奏を中に挟んで力強く弾く。
将来の大物になるか!アゼリア音楽会はこれからの若き音楽家を育てる場、大いに頑張って欲しいもの、みなして応援しているよ。

バッハ: イタリア協奏曲 BWV971 第一楽章     大橋咲月(ピアノ)
モーツァルト: ピアノソナタ 第13番 k.333 第一楽章
写真 (3)
私もお兄ちゃんの後を追っていきますとこれまた優美に奏でた。

ベートーベン: ソナタ第12番 Op.26 「葬送」    大橋俊介(ピアノ)
ショパン: ポロネーズ第7番 Op.61 「幻想」

北村智恵: ピーターラビットピアノの本より    足達准子(ピアノ) 
       「とおい国の おはなし」           
イングランドの歌  「グリーンスリーヴスⅠ.Ⅱ.Ⅲ」 
ウェールズの踊り  「もごもごホーン・パイプ」   
スコットランドの歌 「アニーローリー」

リスト:  森のささやき             岩本美子(ピアノ)
 
当摩泰久編曲  赤とんぼ ・ 浜辺の歌  連弾 足達准子・岩本美子
物部一郎ピアノ作品集 日本民謡によるピアノ連弾組曲より
お江戸日本橋 東京
八木節 群馬県
会津磐梯山 福島県
真室川音頭 山形県
そうらん節 北海道
写真 (27)
足達さんの昔懐かしい世界民謡、それに足達さん、岩本さんのデュオで奏でた日本民謡、ピアノで聴くのは初めてだが、やはり民謡は心に沁みた。

2014年2月4日 (火)
2014 Happy New Year Concerto

2014年1月5日(日)午後2時から横浜市栄区民文化センターリリスホールでアメリカよりDavid Korevaar氏を客演に迎えて豪華アーティストたちが湘南Chamber Orchestraとconcertoを行った。私は残念ながら当日出席できなかったが、そのDVDが届いたので早速聴いた。以下はその感想である。

モーツァルト:ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488 石井美由紀

写真 (26)

流麗な華やかさ、繊細な美しさ 純粋、快活 輝かしく希望に満ちていた。

モーツァルト:ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466 山口恵子

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哀切、不安、外面に出た悲しみ

モーツァルト:ピアノ協奏曲 第17番 ト長調 K.453 霜浦陽子

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春を想わす優美さ、コロコロと転がるような明るい陽気さ

モーツァルト:ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595 D.コレヴァー

写真 (29)

ゆったりした中に柔和な輝かしさ、静かで内面的、寂しい雰囲気

指揮者の代わりにD.コレヴァ氏がピアノを片手で奏でつつもう一方の手で指揮するなど始終和やかなムードがステージに流れて緊張の中にも暖かさを感じた。今日はどっぷりモーツアルトの音楽美を味わった。調というのは一種の味付けだろうか。イ長調、ニ短調、ト長調、変ロ長調と調が変わると聴いていて心の色が変わった。ピンクのイ長調、ブルーのニ短調、緑のト長調、淡い紫の変ロ長調、私の好みからは最後の淡い紫だろうか。

 

 

 

2014.1.25(土)、 東京オペラシティコンサートホールで漆原啓子と練木繁夫のデュオ・リサイタルを聴いた。円熟した二人ののびやかな演奏に強く感動した。漆原啓子のストラディバリウスから発する絹糸のような光沢のある正統派の音色にはいつもながらいたく感心する。

曲目はベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調「春」、同じくベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番ハ短調、フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調、サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調、サラサーテ:ツイゴイネルワイゼンだった。

今日はその中でも特に私の耳に残ったサン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」の印象について述べたい。

この曲はヴァイオリンのあらゆる技巧が盛り込まれた華麗さと、いかにもサン=サーンスらしい多彩な魅力に満ちた曲だという。そうだろう、だからこそ感激し感動したのだろうが、私のようにクラシック音楽に疎い者には聴いたときの強い感動も時間が経つにつれて拡散してしまう。そのため私はいつも演奏を何か目に見えるイメージに結び付けて覚えて置こうとする。そんな思いで今日も聴いていたが、このサン=サーンスの曲を聴き始めるやいなや自然とシャガールの絵が浮かんできた。序奏が鳴り始めたとき、郷愁の音色というか、どこか遠くの淡い幻想的な世界が脳裏に浮かんできて、それが愛と夢と幻想で有名な画家、シャガールの、青と黄と赤と緑で描かれた、宙に浮く人間やロバや花籠に見え始めた。そしてその奥に神に祈る宗教感を感じさせた。聴き進むにつれて何だか東洋的な響きがし、ペルシャやアジアの東洋文化を暗示しそうで聴く者の想像力をかきたててくれた。ロシアに生まれパリで過ごしたユダヤ人のシャガールはサン=サーンスより半世紀ほど遅れてこの世に誕生した人だが、エキゾチックな点でかどこか二人には共通点があるように思えて仕方なかった。

写真 (23)

 

 

写真 (10)

深まりゆく秋・・・ 芦屋に響く愛と情熱の音色、ポエムの朗読や話も交えながら心躍るアフタヌーンコンサートだった。

アテフ・ハリムはエジプト人の父とフランス人の母の間にカイロで生まれた。13歳で単身パリに渡り、ハイフェッツ、メニューインなどに師事、フランス国立管弦楽団に入団、若くしてコンサートマスターを務める。その根っからのエンターテイメント性が受けて今日も素晴らしい客層が多くやってきた。

ピアノは林典子さん、朗読・お話しは森明美さんだった。

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2014年1月4日 (土)
2014新春New Home コンサート

David Korevaar Piano Recital
2014年1月3日(金)14:00~

芦屋市岩園町の新居にアメリカ人ピアニストDavid Korevaar氏を迎えてホームコンサートを催した。約20名の客が来て生演奏を楽しんだ。ホールとは違う居間の暖かい雰囲気の中で1923年製NYスタインウェイグランドピアノが深く優雅な音を響かせる。
   
   最初の曲はバッハ(1685~1750)のパルティータ第4番
   ニ長調 BWV828(1730)
     新年に相応しく今年こそ平和であれかしと祈りを込めた
     ような高尚で歓喜に満ちた響きが冴える。
   次はガブリエル・フォーレ(1845~1924)の曲の数々。
   バルカローレ第5番 Op.66、ノクターン第6番 Op.63
   バルカローレ第8番 Op.96
     繊細で情緒的、そんな格調高い調べが続く。フォーレほど
     多く(13曲)の舟歌(バルカローレ)を作った者はいない。
     舟を漕ぐ青い波間に太陽の光がキラキラと照るような清冽な音が
     快く新年を祝うかのように印象的に響く。
   次にフレデリック・ショパン(1810~1849)の曲
   ノクターン ハ短調 Op.48 第1番、幻想曲 Op.49、
   子守唄 Op.57、ポロネーズ 変イ長調 Op.53
     お馴染みの曲ばかりだが、さすがショパンは詩人、飽きない。
     幻想曲の憂鬱な「雪の降る町を」のような調べは冬を暗示し、
     悲惨な調べだが、最後のポロネーズは逆に「汽車、汽車、シュッポ
     シュッポ」と小気味よく明るい。今年のアベノミックスもこのよう
     にあって欲しいもの。
   アンコールにはドビュッシーの「月の光」。淡く清らかな曲だった。

ディヴィッドは作曲家の生涯期間をプログラムに書き込んでいたが、これは故意だろうか。バッハはともかくフォーレもショパンも明治維新前の生まれ。私の曽祖父の時代であり日本ではまだちょんまげ時代、この時期にこんな甘味な曲がもう流れていたとは!19世紀の心の豊かさを今こそ取り戻したい気持ちに駆られた。

写真 (1)
 
     

2013年12月26日(木)午後2時~
Salon Classic にて

写真 (2)写真 (10)

しばらく続いた好天気も今日は雨、雨男と自称する宮崎 剛と大町 剛のデュオが始
まった。珍しいことにこの二人、名が一緒、漢字も一緒ならともに剛(たけし)と読
むという。偶然の一致だが、筆者は、これはコンサートa go-goだと思った。
さて、今日はすべてショパン曲。最初に本日のムードを盛り上げるための曲「序奏と
ポロネーズ」。艶のある低音のチェロと黒曜石のような黒光りするピアノ音が煙のよ
うにたなびきホールはさながら玉手箱。そこに3、40名ほどの聴衆が飲み込まれた。
どの顔も感激で火照っている。盛り上がったところで「ノクターン作品9-2」.
宮崎によるピアノ・ソロだ。物憂げで感傷的な調べに陶酔して筆者は泣きそうになっ
た。次は「幻想即興曲 作品66(遺作)」遠く夢見るような調べは小人が跳躍して
いる風にも思える。ショパンは39歳で夭折するが、その前半はこれらの曲のように
明るく故郷、ポーランドで過ごすが、後半は物思いに沈みがちにフランスはパリで暮
らす。恋人ジョルジュ・サンドとの暮らしはいささか神秘めく。次の「幻想ポロネー
ズ作品61」は苦悩に満ちた、深くうなだれた、凹凸のある曲だ。最後のボーンと響
くピアノ音が印象的。これは未来に明るさを見出したのか、それとも人生を開き直っ
たのか。ポロネーズとはフランス語でポーランド風の舞曲を指す。故郷のポーランド
を想い出しているのだろう。休憩を挟んで次は「チェロとピアノのためのソナタ
作品65」深遠な響き、雄大な響き、チェロがピアノを縁取り、ピアノがチェロを縁
取る。ダークな金色が黒縁に彩られたり、逆に黒色が金縁で彩られたり。次の曲は
ポーランドを離れフランスに赴く際の遺作「別れの曲」のピアノとチェロのソナタ。
チェロの悲しい響きが馥郁とホールを満たす。いずれも感激ものだがショパン一色の
今日の演奏に少し物足りなさを感じた瞬間、アンコールにピアソラの「リベル・タン
ゴ」を弾くという。あぁ、嬉しや、ラテンを聞けるとは。眠れるような夢心地の中、
ビューンと一声、ピアノが鳴る。リズムよく、テンポよくにぎやかに明るく、曲は
頭にも胸にも腹にも響くのだった。(2013.12.26 中西隆夫)

2013年10月12日 (土)
抽象画「柔らかい鉱石」

柔らかい鉱石

音楽を聴いてその印象を絵にする、そんな冒険を今回はやってみた。
昨年(2012年)12月8日、パリ国立高等音楽院の教授でフランス政府から文化勲章を贈られたイヴ・アンリ教授の「ワルツ」(ショパンからドビュッシー、ラヴェルへ)というレクチャー・リサイタルを聴いて、その繊細でダイナミック、かつ甘みのある賑やかな演奏にいたく感激した筆者は、それを絵にしたいと強く思ったからだ。
クラシック音楽はそもそも抽象的なものだから、絵も抽象画にしようとまでは簡単に思いついたが、その具体的着想については悩みに悩んだ。たとえば「月光」を聴いて闇夜に煌々と照る月を描いたり、海に「喜びの島」を描いたりしてみたが、リサイタル全体の恍惚感を出せるような代物ではなかった。
 音楽と絵画の類似性を指摘した画家にワリシー・カンディンスキーとポール・クレーの二人がいる。この二人の作品は今回大いに役立ったが、それらを真似するわけにはいかない。
 何かほかに参考にするものはないかと思案に暮れながら九月のある日、横浜の高島屋デパートをうろついていると、ガラス工芸家の黒木国昭氏の個展に出会った。覗いてみると、琥珀色にコバルトブルーの、非対称形をした円筒形の花器や切子が展示されており、その形や色の美しさに魅了されると同時に、その工程で溶解したドロドロのガラス、その中に浮き立つ朱や金の色模様、そんな写真に大きなヒントを得た。
その帰り道、立ち寄った本屋で立ち見した雑誌に今度は触発された。今月号の「芸術新潮」に真夜中に提灯をかざして富士山山頂を目指してねり歩く何千人もの人のうねりの行列写真が目に入った。手前から遙か向こうの先端にまで暗闇の中をくねくねと光るうねりの赤白い光がおもしろかった。さらに、ある写真雑誌を見るとロシアの新体操選手、エフゲニヤ・カナエワの写真が目を引いた。そのダイナミックな身の動き、スピード感、流麗感に「これだ」と手応えを感じた。身を仰け反り四肢を自由に前後左右に伸ばしたり、背中に赤球を背負いつつカニのような姿になったり、一方の足を水平に片足で立ち、両腕で高く挟んだ白球を見上げている姿などどれも絵になる美しさだった。
花器、切子、溶解ガラス、光のうねり行列、新体操の形、色、動き、これらを総合して下絵を描いた。
 用いたカンヴァスにはすでに同目的のために月夜やベニスの舟歌を想わす油絵を描いていたが、もう一つ合点が行かず、抽象画ならあくまで抽象で攻めるべきと、思い切ってそれを白色で消し去っていたもの。ただし、前図はペインティング・ナイフで強く凹凸のある描き方をしていたので、白く塗っても下の色が薄く浮き出て、そこはすでにある種の表情をしていた。カンヴァスを白地に戻すと白紙に戻った気分になり、一からの出直し制作となった。
絵は一般に構図と色彩と動きで決まるという。そのため構図は、主として新体操のエフゲニヤ・カナエワの妙技で固め、最も躍動感のある、身を仰け反り四肢を大きく伸ばした姿を中心に、その周りにいくつかの別の体操光景を配した。
構図はそれなりに出来た。次は色彩である。リサイタルの強弱微妙な音色をどのように演出するか。ここでヒントとなったのがガラス工芸の工程で見たあの艶々とした乳白色に浮く朱色だった。続いて鉱石のオパールや貝の中のパールが浮かび、「柔らかい鉱石」という妙な言葉が浮かんだ。言葉に触発されるとはこのことか。固いと思い込んでいる鉱石に「柔らかい」という形容詞をつけると、途端にドロドロしたいろんな色が浮かび上がってきた。クリスタル、サファイア、翡翠等々の色が次々と脳裏をかすめ、そのような色で四肢や背景を塗りつぶして行くと、図らずも絵に動きが出てきた。新体操で用いる、ぐるぐる巻きの赤や青のテープが富士山山頂めざして行進するうねりの光にも似ておもしろい動きを醸しだした。
絵画空間は、音楽時間がいくつもの相互に関係するフレーズで構成されているように、単なる部分の寄せ集めでなく、それらが相互に意味ある部分として全体の中でさまざまな力を発揮し、作用し合う緊張した領域である。静的空間が動的空間に変貌するのはこのためだ。
ここまでくると絵から何やら音楽らしきものが聞こえてきた。幻想曲だろうか。ついに筆者の内面で疼いていたリサイタルの心象風景が描けてきた。それでもなおかつ何かが欠如している。それは一体何か。ガラス工程で見たあのキラキラ感である。どうすればそれが表現できるか。考えた挙句、金色と銀色の絵具を買うことにした。大した費用ではない。それを購入して輪とボールと腕章に少しそれらを用いると断然ピカピカ光るアクセントになった。これこそ音楽の艶だ。
今まで感動、感激したリサイタルやコンサートの印象を綴る際には色々な譬えを用いた。たとえば宝石に見立てたり、各種のカクテルに見立てたり、あるいはタペストリの図柄や鯵の腹部の天然色にさえ見立てた。今回のようなミュージコロジーを絵心事―にするのは初めての試みだったが手応えがあった。次回からはさらに一層抽象度を上げて行きたい。
(2013.10.3)
柔らかい鉱石

2012年4月14日 (土)
Daniel Rubenstein Violin Recital

Piano 横山美里 山口美穂

2012.4.14(土) 18:30    Salon Collina

 
プログラムの説明をする美里さん     ピアノは山口美穂さん
 
ピアノソロの美里さん          ピアノは美里さん

プログラム
モーツァルト: ヴァイオリンソナタ ト長調 KV301  ピアノ 山口美穂
ショパン:    ノクターン 変ニ長調 作品27-1 ピアノソロ: 横山美里
R.シュトラウス: ヴァイオリンソナタ 変ホ長調 作品18 ピアノ: 横山美里
ヴィエニアフスキー:華麗なるポロネーズ第1番 ニ長調 作品4ピアノ: 山口美穂
アンコール曲: ポンセ: エストエリータ

コンサート三日目の今日は一日中しとしとと降る雨、しかしサロン内は多くの聴衆の温かいムードに包まれた。

モーツアルトのヴァイオリンソナタは可愛い、優美な曲でヴァイオリンとピアノが美しいハーモニーを醸した。昨日のチェロと異なり、光沢ある絹地の質感がした。チェロも好きだがヴァイオリンもいい。ショパンのノクターンはしばしば耳にするが、横山美里のピアノソロはまた格別。彼女が弾くとピアノがピアノでなくなる。まるで人間のように音に足が生えてこちらに来てしまう。品格のある音がしみじみと人生を語り始める。落着き払ったそんな音にまるで恋をしたようにぞっこん惚れ込んでしまった。今日の圧巻はリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリンソナタだった。筆者はこの曲を初めて聴いた気がする。非常に有名な曲だがあまり演奏されないそうである。それも道理。優秀なヴァイオリニストとピアニストが揃わなければ演奏できないほどのしろものらしい。今日はその意味で役者が揃っていた。ヴァイオリンもピアノも勇壮な出だしで始終ピアノが吠え男性的。孤独な男一人、強い意志力でわが道を行く、鋼(はがね)の美しさだ。やがてそれはしんみりとし男の寂しさ、侘しさを感じさせる。その時、ピアノがハープのような音色を出した。またピアノがどーん、どーんと鳴る。ヴァイオリンとピアノの格闘技が始まった。美醜を越えた美の迫力に今日は法悦を感じた。ヴィエニアフスキーの曲は曲名通り華麗そのもの。ダニエルの左右各手の弓さばき、指さばきを近くで見ていると人間技とは思えない。それを操っている脳は一体どうなっているんだろう。実に不思議だ。

2012.4.12(木) 14:00~

Salon Collina

 

今日は朝から快晴。この時期にしては珍しく富士の霊峰が雲の上に顔を出している。柔らかい春の日差しが庭に面したガラス戸から入ってきて、サロンの白壁に反射して和みを感じる。そんな中、ベルギーから来日したチェリストと地元葉山のピアニストがデュオを組んでの得も言われぬ名演奏に酔いしれた。この美しい生演奏はCDなどと違って、サロンの傾斜した天井、凹凸のある壁、段差のある床に乱反射して、われわれ聴衆に上下左右から降り注いでくる。このかけがえのない音楽的空間をどのように形容したらよいのだろう。魔法にかかった極楽鳥と孔雀が色だけ残して妖精となって聴衆の周辺を徘徊していたとでもいうか、一口にはいえない青、赤、黄の色彩豊かな音色が適量に響いていた。

プログラム

チェロソロ    J.S.バッハ:   無伴奏チェロ組曲
ピアノソロ    J.S.バッハ:   平均律第2巻より第1番(ハ長調)
S.プロコフィエフ: 「ロミオとジュリエット」作品75より
「少女ジュリエット」
R.ラフマニノフ:  愛の哀しみ
チェロとピアノ  F.シューベルト:  アルペジオーネ・ソナタ D.821
サン=サーンス:  白鳥
S.ラフマニノフ:  ヴォカリーズ 作品34-14

指揮: 小森谷 巧  Divertiment Tokyo

2012年1月6日(金) 19:00開演~
栄区民文化センター「リリス」ホール

プログラム
1.  モーツァルト: ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲
変ホ長調 K.364

ヴァイオリン 高原久実 ヴィオラ 山中まりえ

2. モーツァルト: ピアノ協奏曲 第12番 イ長調 K.414

ピアノ 霜浦 陽子

3. モーツァルト: ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調 K.271

David Korevaar
David Korevaar が新年早々にやってきたのは念願のコンチェルトをやるためだった。コンチェルトとはラテン語で競争すること、イタリア語で一致することを意味するが、日本語では協奏曲と訳される。つまりオーケストラの伴奏をバックに独奏楽器であるピアノやヴァイオリンが華やかに活躍する演奏である。今日のコンチェルトはどれもモーツアルトの作品で素晴らしい演奏だったが、ここではDavidの演奏についての感想だけに絞る。
モーツァルトは1756年生まれで、フランス革命の起こった1789年の2年後に亡くなった。先輩のJ.S.バッハやヘンデルの曲は知っていても、フランス革命後から活躍し出した後輩のベートーヴェンの曲は知らない。まだ宗教音楽色濃厚なこの時代に、このような大胆で新鮮な、また規模の大きい、勇壮かつ気品に満ちた優美な曲を作曲するとはまさに天才である。いつもは読響のコンサートマスターとして知る小森谷巧氏のしなやかな身のこなしによる指揮ぶりとDavidの手指、腕、上半身の洒脱な動きに目を奪われながら、黒いアコースティックな空間に時間という糸で紡ぐ色彩豊かな管弦模様とその中心で燦然と輝くブラックオパール的なピアノ模様を見た。

2012年1月5日 (木)
ポッサラッセ展

期間:1月5日~9日
会場:栄区民文化センター「リリス」ホール

筆者は今年数えで喜寿となった。それを記念してポッサラッセ展を開催することにした。ポッサラッセは筆者のペンネームでポスト・サラリーマン・ライフ・エッセーの略。定年後はエッセーを書いたり、その内容となるようなことをしてのんびり暮らそうとしたもの。 前回の古希通過展に続いて、70歳から75歳にかけて制作した作品で、 油絵(23点)、書(5点)、五行歌(40点)、スケッチ(100点)、エッセー(20編)などを展示した。 開催中、同文化センターでコンサートを催したこともあり332名の人たちに見てもらった。

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2011年6月19日(日)18:30~     Salon Classic

昼に続いて夜のリサイタル。役者変わって漆原啓子さんとディヴィッド ・コレヴァーの出演。ロビンはそのまま、違うメンバーと組んで、昼間と同じバルトークのコントラスツを演奏する。

本日のプログラム
ベートーヴェン: ヴァイオリンソナタ第二番
シューベルト: ファンタジー
クライスラー: 愛の喜び 愛の悲しみ 美しきロスマリン
ヴィニアフスキー: ポロネーズ第2番A-Dur  
バルトーク: コントラスツ(with ロビン・コレヴァー)
 
今年もまたコロラド州ボールダーからディヴィッド・コレヴァーが来日した。 彼とはもうかれこれ二十年の付き合い。わが家族の一員、息子的存在だ。 今年はクラリネット奏者の奥さん、ロビンも一緒にやって来た。例年と同じく今年も漆原啓子さんとデュオ演奏をしたが、最後はロビンも交えてトリオ演奏をした。ここでは特に私の印象に残ったシューベルトのファンタジーとバルトークのコントラスツについて書く。シューベルトのファンタジーを聴きながらイメージしたのは清らかな渓流から飛沫を上げて激しく落下する滝だった。白糸の滝、滝は清らかだが、同時に激しい。漆原啓子のヴァイオリンも清らかで同時に壮絶。蒼白い水が幾十もの筋となって流れ落ちるように、漆原啓子の弓がヴァイオリンの上を激しく上下する。この清らかなエキスタシー。真白い滝に虹が射すようにヴァイオリンの音にオーラが射す。滝の流れる岩肌は黒光りするピアノ。陰影が美しい。動であり 静であるヴァイオリンとピアノの光沢、ヴァイオリンが白磁の壺ならピアノは輪島塗の黒の漆器だ。

バルトークのコントラスツ、これはクラリネットとヴァイオリンとピアノのために書かれた曲で、バルトークがスイング王、ジャズのベニーグッドマンに捧げた曲。最初の出だしがユーモラスだ。クラリネット、ヴァイオリン、ピアノが思い思いに己を主張し、もうもうとクラリネットが唸ればヴァイオリンが ピチパチと吠える。そこへピアノがキョンキョンと割って入る。クラリネットは管で茫洋としてくぐもった音。ヴァイオリンは弦で、繊細な絹糸のよう。ピアノは鍵盤で、打楽器と弦楽器のあいの子、バーンと野太い声を立てたりキーンと黄色い声を出す。この音の手品師が音の道化師となって、たとえば夏の夜中、田圃でゲロゲロと鳴く蛙やゴソゴソと騒ぐ山の鳥、ギャシャギョショと蠢く昆虫、自然を愛したバルトークらしい音の道化。 いわゆるクラシックの音に慣れた耳にはいささか違和感があるが、そこが狙い目、美醜を越えた美にこそ美は宿るとみた。

 

 ( 日 ) 漆原啓子&ディヴィッド・コレヴァーデュオリサイタル(ゲスト出演:ロビン・コレヴァー)
2011年3月28日 (月)
The Grand Trio リサイタル

2011年3月28日(月) 14:00        Salon Classic in 芦屋

オープンしたばかりのこの音楽ホールで最初に演奏したのは The Grand Trioだった。言葉どおりGrandな三人はNHK交響楽団、首席チェリストの藤森亮一氏、読売交響楽団のコンサートマスター の小森谷巧氏、それにコンサートピアニストとして最近めきめき売り出し中の横山美里氏だった。まことに名誉なことである。 本日のこの三人によるプログラムはベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第7番 変ロ長調 作品97「大公」メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 作品49

この大曲が花咲くSalon Classicの模様を少し記しておこう。部屋の広さはざっと三十畳、空間美をどこまでも追求した一級建築士の誇りある上品な造り。四面の白壁が上からの間接照明で淡く照り、床は青緑色。舞台と客席の間に段差なく奏者と聴衆が一体となっている。この演奏の素晴らしさをどのように表現したものか。音楽はよく音を紡 ぐという。まさに今日の演奏は機織りよろしく三人が豪華絢爛なゴブラン織り、ペルシャ絨毯、西陣織り、タペストリーを織っている感じがした。 ヴァイオリンを黄色、チェロを青色、ピアノを赤色として、この三原色の音糸が織り成す多様な色彩と模様、それはドラクロワのロマン色濃い渋暗色あるいはルノアールの艶麗で光沢のある大輪の牡丹のようなグラマラスな 模様、それらに私はうっとりしてしまった。余りにも感動感激した私は今日のThe Grand Trioの演奏を30号の油絵にしてサロンに飾ると演奏者に約束してしまった。このホームページのギャラリーにそれを載せた。曲の雰囲気まで出たであろうか。

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 ( 月 ) The Grand Trio リサイタル

今日は私達夫婦にとって生涯忘れられない日となった。The Music Center Japanのもう一つのモニュメント、Salon Classic が芦屋に落成し、こけら落し記念コンサートを開けたからだが、もう一つ、その前日にあの忌まわしい東北大震災が起ったからだ。 この大混乱の中、われわれのために大苦労して東京を脱出し、ここに 駆け参じてくれた、ヴァイオリニストの漆原啓子さんと松本和将さん(ブゾーニやエリザベート王妃国際ピアノコンクールで上位入賞)に はいくら感謝してもし切れない。そのプロ精神に脱帽する。前夜ほとんど眠らず西下して昼・夜二回も演奏してくれたのだった。
クラシック音楽の振興や普及、教育に携わってきた私たちだが、家内と違って私自身がこれに興味を持ち出したのは定年以後。 自宅に音楽ホールを作って生演奏を聴き始めてからである。 そんな私にもう一つこのような音楽ホールが増えた。この機会に私がどんな風にクラシック音楽を愛で始めたかを記しておこう。音楽を聴くときの私の心構えはこの音楽からどんな絵画的イメージが脳裏に浮かぶか、それを待つことである。音楽はよく言葉に出来ないといわれるが、岡田暁生著「音楽の聴き方」(中公新書2009)P210にもあるように、「音楽を言葉にすることを躊躇しない。そのためにも音楽を語る語彙を知ること、音楽を聴くことと同じくらい面白い」それには演奏者の姿も大いに関係する。だからCDでは物足りない。演奏者の演奏振りを凝視しながら自然に湧いてくる絵画的イメージを追い、忘れないうちにその場でメモをする。今日の演奏から何をイメージしたか。幻想的な音楽を聴いていると、 新鮮な魚が脳裏に浮かび上がってきた。あの鯖の腹の辺りの白肌の中に淡くしかし燦然と輝く赤、青、黄、金、銀の光沢は筆舌に尽しがたい。海中で受けた七色の光線が身体に印刻されるのだろうか。この自然の造化を音楽では作曲家や演奏家が創造するのだ。それは何と美しい営為、作業であることか。

 

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 ( 土 ) Salon Classic 落成記念コンサート

2011年1月19日(水) 14:00~      Salon Collina

2011年元旦から今日まで晴日が続き、今朝の富士山は少しもやがかかっていたが、二人の賓客を迎えてくれた。、一人は七年前に一度ここに来たことのあるマルコ・メローニ、もう一人はここには初めてだが日本に三十年ぶりに再来した世界的ギタリスト、「生きる伝説」のホルヘ・カルドーソだった。彼は何と世界的ギタリストであるばかりでなく、作曲家、外科医、音楽大学の教授でもある。この二人を連れてきてくれたのは樋浦靖晃氏だった。

曲目

    J.S.バッハ.........................   シャコンヌ BWV1004
     J.S.バッハ.........................   パルティータ第3番BWV1006
     Saldivarの写本より(メキシコ)......ファンダンゴ
    リマの譜本より(ペルー).............3つのソナタ
    A.M.バルトロティ................... 組曲ニ短調
    G.サンス~A.de.サンタクルス........カナリオス
    F.ルコック.........................   スペインのフォリアによる変奏曲

 

今日はバロック・ギターの品格をあらためて認識した。常日頃、騒音に慣らされた耳にはバロック・ギターは物足りないぐらい小さく静かな音だが、それが今から三百年から三百五十年前の古楽器と聞くと肯ける。ピアノの始祖、チェンバロに似た繊細で黄色い音を出す。汚れた心も洗われる思いがし、しばし祈りにも似た気分に浸る。 ギターの胴に大聖堂のドームのような穴が開いていて、中が羊皮紙で覆われている。宇宙創造の神とコンタクトしたギタリストがこの穴に神を招き入れるのだ。その音は一種単調に聞こえるが、一人静かに沈思黙考する心の襞にその一音一音が優しく忍び込み、喰い込み、語りかけてくる。ギタリストと私の間に繋がった細い音の糸は この穴に通じているのだろう。ピアノやヴァイオリンは人の知性に訴えてくるが、 バロック・ギターは人の情感に訴えてくる。だからだろうか胸に響く。ギタリストの動きに派手なところはない。一定の姿勢を保ち、向って左は指先だけで 織物でも織るように音を紡いでいる。蜘蛛が足を動かしているようでもある。右は腕がわずかに動き指が上下して、絨毯か畳の上を滑るように柔らかい音が流れ て行く。シャラン、シャランと打ち鳴らす音、ポロン、ポロンとため息をつく音。ジャン、ジャンと掻き鳴らす音。この単調な音の中に七色の音を蔵していたのだ。バロック・ギターには9本の弦があり、調弦には時間がかかる。マルコとホルヘの二重奏には18本の弦が上手く調和しなければならない。いよいよ調弦が大変だ。しかし それだけに色彩豊かだ。マルコとホルヘ、それに樋浦氏を加えた三重奏が圧巻だった。音のサクラがパッと咲いたような賑やかさ。手前、奥、あるいは上の梢に一斉に咲く音 の花びら、満艦飾が実に美しかった。

 ( 水 ) Marco Meloni バロックギターリサイタル

2012.7.2  ディヴィッド・コレヴァー

 今年も米中堅ピアニストでコロラド大学の准教授であるディヴィッドが帰ってきた。毎年この時期にコロラド州ボールダーからやってくる。もうかれこれ十五年続く我家の年中行事みたいなものである。一昨年は川崎ミューザ、昨年は東京オペラシティ、今年は神戸芸術センターでソロリサイタルを開いた。
 毎年、来日の一ヶ月ほど前に演奏曲目について自らが書いた解説文(プログラムノートという)を私宛に送ってくる。それを日本語訳するのがいつの間にか私の務めになった。樂理にもクラシック音楽にも疎い私が訳すのだから怪しいものだが、音楽専門の協力者がいてくれるので一安心している。普段、いろんなところでプログラムノートを散見するが、正直、読みづらくて味わい切れないものが多い。そのため私はせめて翻訳調を弱めて日本語文として自然になるように努めている。
 このプログラムノートを見るにつけ演奏者が選曲に並々ならぬ気を配っていることがよく分かる。軽妙なもの重厚なもの、印象派的なもの内省的なもの、抒情的なもの哲学的なもの、古典的なもの現代的なもの、よく演奏されるもの、滅多に演奏されないものなど、演奏時間も考慮しながら実にバランスよく組み合わせている。
選曲自体は来日の半年も前から決定し練習に励んでいる。しかし、日本の聴衆の多くは馴染みの曲には心を動かしても、あまり知らない曲は敬遠しがちで、公演近くなって曲目変更を迫ることがままある。演奏者にとってはおもしろくないどころか迷惑な話だろう。そうはいうものの私自身もその日本の聴衆の一人かも知れない。
 たとえば、今年の曲の一つ、ドビュッシーの「仮面」「スケッチブック」「喜びの島」は曲名こそ知っているが、曲メロディーが一向に浮かんでこない。プログラムノートではこれら三曲について、「どれにも旅行と海に結び付いた官能的感触がある」とか「ドビュッシーの水に因んだ曲には軍事的誇示とエロティシズムが妙に入り混じっていて…」などとあるので、その感触を実際に聴いて確かめようと身構えていたが、そんな感触は私には少しもしなかった。これではプログラムノートが泣くというものである。
 しかし、ドビュッシーが印象派の音楽家で、同時代の印象派の画家、モネやルノアールらの影響を受け、また象徴派の詩人、ボドレール、マラルメ、ヴェルレーヌなどと親交があったと知ると、にわかに分かるような気がし出した。反省によらず直観で束の間の印象をすばやく記録する態度、絵画にあっては光りと色彩で、詩にあっては言葉と韻律、抑揚で、また音楽にあっては響きと音色で、海や水に対する刻々と生じるイメージ、印象、心のさまを時間の画布に刻んでいるのである。
この際、フランス語の詩語感が強くこの曲に効いているのではないか。詩はどの国にあっても日常の言葉ではない。詩は普段どこかに潜んでいる心のさまを非日常的な言葉で呼び覚ます一種の霊感であろう。そしてその言葉はこの曲の場合、フランス語の発音、抑揚に乗って出てくる。フランス語の語感は英語の語感ではなく、いわんや日本語の語感とは丸きり違う。これがこの曲に反映していないわけがない。「旅行と海に結び付いた官能的感触」も「軍事的誇示とエロティシズム」云々ももし私がフランス語の語調を知っておれば掠めたかも知れない。
DVDを作成しながらあらためてこの曲をビデオで聴くと印象派の感覚が襲ってきてそのよさが分かるような気がした。
絵画は具象的な絵なら分かるが抽象画は分かり難い。詩も具体的なら分かるが抽象度が上がるにつれ分からない。音楽は歌詞のあるものはまだしも器楽となると頭から抽象的だから分からないといえば分からない。しかしプログラムノートを丹念に読めば理解に役立つ。
今回の演奏ではリストの巡礼の年、第一年:スイスがある。もしプログラムノートにあるバニヤンなどをよく知れば一層興味深いものになるだろう。知らない曲も積極的に聴いて自らの聴くレパートリーを広げなければならないと思っている。
(2010.7.2)

 ( 金 ) ディヴィッド・コレヴァーについてのエッセー
2010年6月27日 (日)
David Korevaar Piano Recital

2010年6月27日(日) 7月14:00~
神戸芸術センター「シューマンホール」& Salon Collina

シューマンホールは100名を越えるホールでザウターのグランドピアノを使用、片やSalon Collinaは 60名程度でスタインウエイグランドピアノ使用。同じ曲でもより広いスペースで木の響きのするザウターで聴くのと狭いスペースで金属の響きがするスタインウエイで聴くのとは違う。両者の違いが分かるほど耳は肥えていないが感触は たしかに違った。

【プログラム】
ドビュッシー:「仮面」「スケッチブックから」「喜びの島」
ベートーヴェン:ピアノソナタ ニ長調 作品28
リスト: 巡礼の年
第一年: スイス
ウイリアム・テルの聖堂  ヴァレンシュタット湖畔で  田園曲 泉のほとりで
夕立  オーバーマンの谷  牧歌  ノスタルジア  ジュネーヴの鐘

本日のドビュッシーの情景を印象派の画家ならどんな絵にし、また象徴派の詩人ならどんな詩にしただろう。印象派の音楽家であるドビュッシーが音楽で時間の画布に描いた物語を追ってみよう。 「仮面」:陸を離れてしばらく、海上は陽光にキラキラと漣立っている。時おり高い波が襲い割れては砕け散る。「スケッチブックから」:沖に出ると青黒い底知れぬ波が静かにうごめき、吸い込まれそうになりながらも、静かに水平線の彼方を見遣っている二人。「喜びの島」:島が見えてきた。愛の女神、アフロディーテが待つエーゲ海に浮かぶシテール島、人妻を恋人にした罪悪感も島を眼前にしてはきれいさっぱり吹き飛び、さぁ、これからはここで二人の愛の巣を営むんだとルンルン気分、「さぁ、ワルツを踊ろう」と誘う華やいだ気分、きらめくような、豊かな色彩の、細やかな音が連綿と続く。最後の華麗で、歯切れのよい音、 それは官能的な響きに満ちている。

海に変って今度はスイスの山、緑なす牧場の向うに聳える峻厳な岩山、孤高な姿を畏怖し崇めつつ昇り行くと山々に囲まれた湖が静かに眠っている。その静寂。オーベルマン渓谷の多彩な変貌、それ自体が美しい詩だ。その美しさにしばし見惚れ、泉のほとりで佇んでいると、天、にわかにかき曇り稲光射すや大音響とともに雷雨が襲ってきた。打ちひしがれ己が身の小ささをいやがおうにも悟る。この時、何故か頭に厳父と岳父の文字が浮かんだ。まさに山あり谷ありの険しい行程は人生航路と同じ、バニヤンの「天路歴程」を行くがごとしであった。出だしのババーン、ババーン、ババーンと響く音は「運命」ではないが精神の扉が叩かれた思いがし、スイスの英雄、ウイリアム・テルに思いを馳せた。

今日の演奏を聴いて、ドビュッシーのようなフランス風エスプリの効いた 粋な曲も嬉しいし、またリストのような眉間に皺を寄せたくなるような精神性の高い曲も興味深い。大いに聴く側のレパートリーを広げたい。それにしても 色んな作曲家の作品を奏でる演奏家は広い意味でのアーティストだとつくづく思った。なぜなら演奏家は音楽で絵が描け、詩が書け、小説が書けるのだから。それがその人の音楽性というものだろう。演奏者は単なるきれいな音色の産出者ではなかった。

 ( 日 ) David Korevaar Piano Recital

2010年5月15日(土)  14:00~     Salon Collina

5月12日(水)の夜、横浜みなとみらいホール大ホールでサー・ロジャー・ ノリントン指揮のシュトゥットガルト放送交響楽団の素晴らしい演奏を聴きに行ったが、その楽団員の一人で、霜浦陽子さんとかつてロンドンの音楽院で共に学んだカーステン・ ヴィント氏が楽団と離れて居残り、今日の共演となった。

プログラム  
ト調のソナタ3曲ヴァイオリンソナタの進化
  モーツァルト  ヴァイオリンソナタ ト長調 KV301             
  ベートーヴェン ヴァイオリンソナタ ト長調 Op30-3     
  ドビュッシー  ヴァイオリンとピアノのためのソナタ       
  ピアソラ    オブリビオン(忘却)      
  デ・ファリャ/クライスラー スペイン舞曲(オペラ「はかない人生」より)      
  ピアソラ    天使のミロンガ       
  ピアソラ   エスクアルド(鮫)       
アンコール   エルガー:  愛の挨拶

解説入りの演奏で陽子さんの名通訳ぶりに感心した。普通は色々な調を奏でるらしいが、今日はト調に統一して、色んな作曲家の曲を解説入りで披露してくれた。ピアソラのタンゴ音楽はその発祥となったアルゼンチンの娼婦たちの上品で、官能的な リズムがエクゾチックで自然とタップを踏みたくなるような気分を存分に楽しんだ。 カールステンはオーケストラもさることながら今日のようなホームコンサートが好きらしく、クラシックをもっと子どもたちに広めようと努めている。湘南国際村の景色がバークレー側 から見たサンフランシスコによく似ているとご満悦だった。
 

 ( 土 ) カーステン・ヴィント(ヴァイオリン)&霜浦陽子(ピアノ)デュオリサイタル

2010年3月13日(土)  開演14:00        Salon Collina
寒さは若干やわらいだとはいえ、風がきつい今日、五年半ぶりに二人の若者が Salon Collinaにやってきて、ホール内にも風雲のような音の旋風を巻き起こした。かつてベルリン芸術大学でP.ドヴァイヨンに師事した同門の二人。とはいえタイプは違う。 和将が動ならアンドレアスは静、和将が激しくメリハリの効いたピアノを奏でれば、アンドレアスはまろやかで、滋味の肥えた音を奏でる。和将はまだ三十歳、アンドレアスは三十四歳だが、もう充分年期が入っている。とくに 和将は十九歳で日本音楽コンクールで優勝。その後も有名なブゾーニやエリザベート王妃国際音楽コンクールで入賞した凄腕の持主である。アンドレアスはヨーロッパ各国のピアニストと組んでユーロピアノプロジェクトを立ち上げている。 自らはジョージ・ガーシュインを得意とする。リストの愛の夢を演奏するアンディ。ショパンの幻想即興曲を弾く和将 、神妙な出だし、物思いに耽ったような… 出だしの調べに私は涙が出そうになった!                        下を向いて一心不乱、上を向いて一心不乱 今この瞬間、湧くイメージを鍵盤に叩き付けるラプソディ・イン・ブルーを連弾する二人。

曲目
リスト:   愛の夢           アンディ             
ショパン:  幻想即興曲         和将           
シューマン: トッカータ         アンディ
       アラベスク         和将   
シューベルト:「即興曲集」より Op.90-2 変ホ長調  和将
                Op.90-4 変イ長調  アンディ
即興演奏:                アンディ
即興演奏:                 和将        
ガーシュイン: ラプソディ・イン・ブルー 連弾      
アンコール
ブラームス:   ワルツ          連弾

シューベルト曲はシューベルトが三十一歳で亡くなる前年、つまり和将の今の歳に作曲した即興曲。弾く二人にどんな感慨が過ぎったことだろう。天才シューベルトは二十歳代後半にしてもう人生の 晩年を味わっていたという。次に二人の即興曲。ピアノの前に座り一心不乱に今浮かんだままのイメージを指で鍵盤に叩き付ける。最後はジョージ・ガーシュインの連弾だ。ニューヨークの大好きな筆者にはこの同市生れのガーシュインが身近な存在だ。今、The Music Center ,New Yorkのディレクターの住んでいるアパートにかつてガーシュインが住んでいたので、今でも玄関フロアにはその写真が飾ってある。ガーシュイン独特のジャズ感覚と都会人好みの新鮮な旋律が堪らない。連弾は譜面の左ページを和将が、右ページをアンドレアスが同時に弾く。その右、左の様をゲーテの詩「銀杏」に因んでアンドレアスが解説する。ドイツ語の詩を正姿勢で暗誦する。かつて東西に分かれていたベルリン、今は一つなったのか、まだしこりが残っているのか、そんなことを考えさせた。アンドレアスの姿に音楽家はまた詩人でなければならないとする筆者の思いが重なった。

最後に参考までにこの詩を掲げて置く。インターネットからの引用である。            GINKGO BILOBA   銀杏  ゲーテ  訳、記述 渡辺美奈子 2006年9月27日から引用           Dieses Baumes Blatt, der von Osten      東洋から                Meinem Garten anvertraut,        私の庭へ移されたこの葉は           Giebt geheimen Sinn zu kosten      賢者を喜ばせるような           Wie’s den Wissenden erbaut.        隠された意味を持っています
Ist es Ein lebendig Wesen              本来この葉は           Das sich in sich selbst getrennt,      一枚が二枚に分かれたのでしょうか           Sind es zwey die sich  erlesen,      それとも二枚が 互いに相手を選び           Dass man  sie als Eines kennt.   一枚と思われるようになったのでしょうか
Solche Frage zu erwidern         その問いに答えようとするうちに            Fand ich wohl den rechten Sinn,     真の意味が分かりました            Fuhlst du nicht an meinen Liedern   あなたは 私の詩から感じませんか            Dass ich Eins und doppelt bin. 私が一枚の葉でありながら 二枚の葉であることを

 ( 土 ) 松本和将 & アンドレアス・ケルン


 Salon Collina

残念ながら今日は雨。 曇よりした空からシトシトと雨が降っている。それだけにホールの中は暖かい。ほのぼのとして部屋で、今日は遙々、ベルリンから一時帰国中の若い音楽留学生二人によるチェロとピアノの演奏に聴き入った。

【プログラム】
ベートーヴェン:ピアノとチェロのためのソナタOp.69 イ長調
シューマン:  アダージョとアレグロ
バッハ:    チェロのための無伴奏組曲 第3番よりプレリュード
ショパン:   ピアノソナタ Op.58 第3番より 第1楽章
ブラームス:  六つのうた
ポッパー:   ハンガリアンラプソディ

なな子さんの弾くチェロ器がチョコレート色やアズキ色をしているせいか、 音色までそのように見えてきた。アズキ色の深みと光沢ある円やかな甘味、ドルチェ、キラッと白く輝くブリリアントな閃光がチェロの魅力だ。それを支える ような、覆いかぶさるような芽里沙さんの黒曜石色したピアノ音、それらが 細く太く線を描き、曲全体の輪郭にアクセントをつける。マチスの「ダンス」の 絵を見ているようだ。今年はショパンやシューマンの生誕から200年と聞く。横浜開港が150年前 だから、さほど昔の話ではない。私の曾祖父がまだ生きていた時代だ。19世紀は音楽史ではロマン派時代というらしいが、どう考えてもあまりロマン ティックな時代とは思われない。産業革命が起こってみな現実的になり、列強 間の争いも日増しに熾烈となって、今日同様、世相はめまぐるしかったはず。 こんな時代だからこそ、現実逃避のために生れたのがロマンティック音楽だ。 今日はそんなことを思いながら、若い二人の真剣な演奏に耳を傾けた。

 

 ( 土 ) 奥田なな子(チェロ)&ゴウ芽里沙(ピアノ)デュオリサイタル

2009年11月3日(祝) 午後2時~   ピアノ: 笠石まゆみ

Salon Collina

澄み渡った秋空の下、遥々ロシアからやって来たオレグ・ブガーエフ君が今まで聴いたこともない最高のチェロ演奏をここ湘南国際村で披露してくれた。190センチもある大柄の男性には大型の楽器がよく似合う。大きなチェロも彼の前では小さく見える。

演奏曲目:  バッハ: 無伴奏チェロ組曲 第1番 BWV1007
パラディス: シシリエンヌ  バッハ:G線上のアリア
フォーレ: 夢のあとに サン=サーンス:白鳥
エルガー:愛の挨拶 グルック: オルフォイスのメロディー
ポッケリーニ:メヌエット  カッチーニ:アベマリア
シューマン:トロイメライ など

言葉で音楽の良さを語ることなど出来るはずもないが、その感激を紙面で伝えるにはやはり言葉を使うほかない。今日の演奏は有名な洋菓子店の洋菓子ケーキを食べているようだった。ベースのカステラが無伴奏チェロ組曲なら、うわかのクリームは上品な、甘味を殺した小品集といったところだろうか。無伴奏チェロ曲が始まるなり、その出だしの音がわが身肉深く食い込み、ブォーンとなる低音が腹にジーンときて、精神より先に肉体を痺れさせてしまった。分厚い弦が響かす音は巾と深みに富みその中に何色もの音色があった。単色ではない。絵パレットの上で何色もの色を混ぜるに似ている。魂に響く色合いとはこのような色をいうのか。湖水の明澄さと深遠さだ。甘いマスクが演奏となると引き締まり真剣そのもの、情熱がゆえに深刻ですらある。この表情がまたいい。右手の指先がお玉じゃくしのように弦の上を泳いでいく。

バッハの時代、バッハ以外にチェロのために曲を書いた者は誰もいなかったという。この曲がチェロのバイブルといわれる所以だ。乾いたようでいて湿っている無伴奏。今日ほど無伴奏の味を味わったのも珍しい。甘さを少し残した「わびさび」、侘(しさ)寂(しさ)がそこにある。枯淡の味ともいえる。いつの間にかオレグはわが肉体にこの音楽の鋳型を目に見えない刺青の形で彫り込んでくれた。バッハはまさに筆者の内面刺青だ。うわかの味はどうだっただろう。アベマリアは清純で聖純。シチリアーノは夢想的で瞑想的。夢のあとには豊麗で情感的、白鳥はロマンティックでファンタスティック、トロイメライは静哀しく、夢想的、祈りがあった。親しみのある曲ばかりである上、解説も入り、聴衆の皆さんも肩を凝らさずにすんだのではないだろうか。

オレグの故郷ウラル山脈東斜面エカテリンブルグで高校まで過しモスクワで大学生活を送ったオレグは日本初訪問。東京の印象を俳句で語り、自分はチェリストだが詩人でもあるという。ニョキニョキと天に向って立つ高層ビル群、ヘビのように上下左右に曲がりくねった道路、その全てを目にする時、東京は石の庭と思ったという。ロシア音楽芸術賞、オランダ国際音楽週間賞などに輝くオレグはその優秀さから政府より楽器を貸与されている。そのチェロは二百年以上も前に切り出されたヒマラヤ山脈の木を使い、フランスの職人が作り上げた逸品だそうだ。

 ( 火 ) オレグ・ブガーエフ(Oleg Bugaev) チェロ・リサイタル

2009年8月16日(日) 午後2時~     Salon Collina

最近は古楽器のちょっとしたブームだとか、古楽器の愛好者たちがこのサロンに集まった。 古楽器は眺めているだけでも風雅だが、音を聴くといよいよ雅趣に富んでいる。 この小さな5,60人用のホールが案外古楽器に似合う大きさなのかも知れない。チェンバロ やヴィオラ・ダ・ガンバはヨーロッパのルネッサンスからバロック時代に掛けて流行った楽器だ そうだが、今日はそれに加えて古フルートの奏者も現われた。

私には珍しい古楽器の音に触れどこか触発されるところがあった。今の金属部分が多い楽器 と違って木製部分が多い古楽器にはどこか人間味のある鈍い暖かさがある。現代のピアノ音 などに慣れた耳には音が小さくいささか物足りないが、逆にその中にこそ癒し効果があるのだ ろう。現代の音楽を知らない2,3世紀昔の王侯貴族が自分の城や宮廷で今日と同じ音楽を 少数人数で同じように味わっていたかと思うと嬉しくなる。
田淵宏幸さんは、お父さんも音楽家で幼少の頃から音楽を聴いて成長されたらしく、自然と バロック音楽が身につき、さらに一層イタリアで学ぼうと決意されたらしい。今日、弾かれた ヴィオラ・ダ・ガンバも二年の才月を掛けて自分で製作されたもの、また自らバロック調の曲を 作曲もされている非常に味のある人物である。かたやミケーラ・ポリさんもなかなか知的で 好奇心旺盛なイタリア女性である。寸時を惜しんで初めての日本を楽しんでいる。

今回はイタリアのヴェロナ近くからチェンバロ奏者のミケーラ・ポリさんと日本からイタリアに留学してヴィオラ・ダ・ガンバという古楽器を勉強している田淵宏幸さんを招いて特別出演してもらった。古楽器というと敬遠しがちだが、18世紀、19世紀そのままのイタリアの地方都市からやってきたミケーラさんにはチェンバロがよく似合う。チェンバロはいわば今のピアノのおじいさんだ。ピアノが生れる前は王宮や貴族の館で色んな曲がこのチェンバロが奏でられていたが、今日のような人の多く集まる大ホールが出現するにつれて大きな音を出すピアノが必要となってきた。 ミケーラさんはミラノ、ヴェロナ、ヴェニスと横一線に並ぶ都市の中間にあるガルダ湖の近くに住んでいる(下の写真を参照)そうだが、このようなお城のあるところには古楽器が相応しい。ヴィオラ・ダ・ガンバはチェロとギターの合いの子のような楽器だが、優しい、柔らかい音を出す。ガンバとはイタリア語で足、足に挟んで演奏するそうだ。

今回、チェンバロやヴィオラ・ダ・ガンバの音色にすっかりはまった。音色って一体何だろう。フルートもバイオリンもトランペットもピアノも同じ音符を奏でればみな同じ周波数の音を出す。が、響きがみな違う。これが音色だ。音色は倍音の結果である。モノの素材が違えば密度も違う。金属片は池の底まで沈むが、同形同大の木片なら浮く。密度、形、大きさの違いによって手やハンマーで叩いても音が違う。ギターをハンマーで叩いたら、うつろな、ポコンという木の音がするだろう。サキソフォンのような金属ならチンチンというような音がするだろう。今回はヨーロッパのお城の中で聴くような気品に満ちた音も聴けたし、アフリカの平原で土着民が打ち鳴らすような原始的な音も聴けた。生活に密着した音の素晴らしさにあらためて感動した。
最後に一言。ミケーラさんは日本の何事につけ時間が正確なことに驚いている。5時からといえば、きちっと5時から始まる。イタリアでは半時間ぐらいのズレはいつものことのようだ。日本に比べれば時が止まったようだという。たしかに上記のようなところに住んでおれば、まだ現代ではなく近代かもしれない。それに引換え毎日あくせくと時間に追われ、未来、未来へと突っ走るわれわれは根無し草のようにも映り、かれらが羨ましくもある。

 

 ( 日 ) ミケーラ・ポリ(チェンバロ)&田淵宏幸(ヴィオラ・ダ・ガンバ)リサイタル

ラチェザール・コストフ& ピアノ/清水 愛

2009年6月27日(土) 午後2時~      Salon Collina

梅雨もどこへやら、今日は思いがけず良く晴れて外では快い風が吹いている。まさに珍客をお迎えするに相応しい日となった。今日は、葉山在住のヴァイオリニスト綱島照子さんのご紹介とお世話で、ブルガリア人で今、アメリカに在住のラチェザール氏のチェロ演奏を、清水 愛さんのピアノ伴奏でお聴きすることができた。ここ数年、お二人は呼吸の合った名コンビとして多くの方に知られている。

素顔のラチェザールと愛さん

ラチェザール氏はあの有名なヨーヨー・マとも共演されたことのある屈指のチェリスト。かたや清水 愛さんは、チェリストとして世に聞こえた故清水勝雄氏のご長女で、国内外で今広く活躍されているピアニスト。今回お世話し、ご紹介くださった綱島さんはそのお父上にかつて師事されたことがあるそうだ。なんとこのお父上は生前、現天皇のチェロのご指導を二十五年に亘りなされていたそうである。父上が遺された名器の中の一つ、イタリアクレモナ製のチェロをラチェザール氏が今回はじめて三日前に手にし、自分の持ち物とはわけが違うと強く感動、早くこの名器で弾きたいと焦るような気持ちで、この赤茶色のチェロを携えこの湘南国際村を訪れてくださったのだった。

本日のプログラム
バッハ: アダージオ            グリーグ: チェロソナタ全楽章
シチェドリン: 間奏曲           イベール: 小さな白いロバ
パガニーニ: モーゼ幻想曲