2009年11月3日 (火)
オレグ・ブガーエフ(Oleg Bugaev) チェロ・リサイタル

2009年11月3日(祝) 午後2時~   ピアノ: 笠石まゆみ

Salon Collina

澄み渡った秋空の下、遥々ロシアからやって来たオレグ・ブガーエフ君が今まで聴いたこともない最高のチェロ演奏をここ湘南国際村で披露してくれた。190センチもある大柄の男性には大型の楽器がよく似合う。大きなチェロも彼の前では小さく見える。

演奏曲目:  バッハ: 無伴奏チェロ組曲 第1番 BWV1007
パラディス: シシリエンヌ  バッハ:G線上のアリア
フォーレ: 夢のあとに サン=サーンス:白鳥
エルガー:愛の挨拶 グルック: オルフォイスのメロディー
ポッケリーニ:メヌエット  カッチーニ:アベマリア
シューマン:トロイメライ など

言葉で音楽の良さを語ることなど出来るはずもないが、その感激を紙面で伝えるにはやはり言葉を使うほかない。今日の演奏は有名な洋菓子店の洋菓子ケーキを食べているようだった。ベースのカステラが無伴奏チェロ組曲なら、うわかのクリームは上品な、甘味を殺した小品集といったところだろうか。無伴奏チェロ曲が始まるなり、その出だしの音がわが身肉深く食い込み、ブォーンとなる低音が腹にジーンときて、精神より先に肉体を痺れさせてしまった。分厚い弦が響かす音は巾と深みに富みその中に何色もの音色があった。単色ではない。絵パレットの上で何色もの色を混ぜるに似ている。魂に響く色合いとはこのような色をいうのか。湖水の明澄さと深遠さだ。甘いマスクが演奏となると引き締まり真剣そのもの、情熱がゆえに深刻ですらある。この表情がまたいい。右手の指先がお玉じゃくしのように弦の上を泳いでいく。

バッハの時代、バッハ以外にチェロのために曲を書いた者は誰もいなかったという。この曲がチェロのバイブルといわれる所以だ。乾いたようでいて湿っている無伴奏。今日ほど無伴奏の味を味わったのも珍しい。甘さを少し残した「わびさび」、侘(しさ)寂(しさ)がそこにある。枯淡の味ともいえる。いつの間にかオレグはわが肉体にこの音楽の鋳型を目に見えない刺青の形で彫り込んでくれた。バッハはまさに筆者の内面刺青だ。うわかの味はどうだっただろう。アベマリアは清純で聖純。シチリアーノは夢想的で瞑想的。夢のあとには豊麗で情感的、白鳥はロマンティックでファンタスティック、トロイメライは静哀しく、夢想的、祈りがあった。親しみのある曲ばかりである上、解説も入り、聴衆の皆さんも肩を凝らさずにすんだのではないだろうか。

オレグの故郷ウラル山脈東斜面エカテリンブルグで高校まで過しモスクワで大学生活を送ったオレグは日本初訪問。東京の印象を俳句で語り、自分はチェリストだが詩人でもあるという。ニョキニョキと天に向って立つ高層ビル群、ヘビのように上下左右に曲がりくねった道路、その全てを目にする時、東京は石の庭と思ったという。ロシア音楽芸術賞、オランダ国際音楽週間賞などに輝くオレグはその優秀さから政府より楽器を貸与されている。そのチェロは二百年以上も前に切り出されたヒマラヤ山脈の木を使い、フランスの職人が作り上げた逸品だそうだ。

 ( 火 ) オレグ・ブガーエフ(Oleg Bugaev) チェロ・リサイタル