2000年2月11日 (金)
ジュラ・キッシュピアノ演奏会

ハンガリーの名ピアニストが東京オペラシティーで演奏

Salon Collina で泊まる

去る2月11日、建国記念日に演奏した曲目は R..シューマン 子供の情景 Op.15、F.リストの 巡礼の年 第1年「スイス」よりオーベールマンの谷、  詩的で宗教的な調べより葬送曲、F.シューベルトのソナタ変ロ長調D.960などであった。

ジュラ・キッシュ プロフィール
1944年ハンガリーの首都ブタペスト生まれ。イタリアのCISCM国際ピアノコンクール始め、国内外の数々のコンクールでグランプリ獲得。ハンガリーの最も期待するピアニストとして、各国主要オーケストラと共演、ヨーロッパ、アメリカ、日本などで精力的に演奏活動。1985年から1988年まで武蔵野音楽大学客員教授。リスト音楽院での師はパール・カドシャ、イタリア給費留学時はニキタ・マガロフ。

演奏会を聴いての筆者の感想を以下記す。

ジュラ・キッシュの演奏を聴いて

二月十一日の建国記念日、 初台にある東京オペラシティコンサートホールで、ハンガリーの生んだ名ピアニスト、ジュラ・キッシュ、ハンガリー式に姓を先に言えば キッシュ・ジュラのピアノソロリサイタルを聴いた。 私にとり初めてのホールは、 入るとまるでエジプトのピラミッドの中に いるような錯覚を覚えた。
天井が高く、見上げると天にも届くような円錐形のとんがりに吸い込まれて行く。 広い長方形の白木の床には白木の椅子、これら千脚の椅子から木の香が匂ってきそうだ。これら一切は音響効果だけでなく視覚効果にも秀ぐれ、崇高な雰囲気を作っている。 明るく照らされた舞台中央に黒塗りのスタインウエイ・コンサートピアノが一台、まるで翼を広げた一羽の大きな黒鷹が舞い降りたかのように、主の登場を待ち構えている。いよいよキッシュの登場だ。 黒い燕尾服に身を包んだ恰幅のよい キッシュが舞台の袖から現われた。その瞬間、私は、背だけは違うが、その顔つき、姿、仕草のすべてが、 個性派男優、晩年の勝新太郎に似ていると思った。ゆるくウェーブした白髪、頬にまで延びた白髭、ふっくらした顔、でっぷりした体つき、 歩く姿すらどこか勝新に似ていた。しかし、その打ち鳴らすキーの音を聴き続けているうちにその印象は少しづつ変化し、ついにリストの巡礼の年、オーベールマンの谷を聴くに至っては太ったキリストに見え始めた。エジプトのピラミッドの中で キリストが弾く癒しの曲を聴いているように映ったのだ。私はキッシュの演奏に演奏テクニックよりも音楽性を見た。いや音楽性よりも宗教性を見た。いや宗教性よりも思想性を見た。その詩的思想を表現するために音楽を使ったのだ。 音で綴った思想書である。 宗教画を描く画家が絵筆でモチーフを描き、色彩をつけ、濃淡のあるアクセントをつけるように、 仏像を彫る彫刻師が数々ののみで大きく、 小さく、深く、浅く木を彫るように、キッシュは自分の指でピアノにその楽想を描き彫った。ただし、絵や仏像はその出来上がりで真価を発揮するが、 音楽はそうではない。そこでは制作過程自体が出来上がりを意味するからだ。 私はキッシュの頭の中にある思想的、 宗教的、哲学的原点を見た思いがした。その指先のキータッチで思想を形作るごとに、その深遠さ、峻厳さに、心打たれた。 美しいという言葉だけでは語り尽くせない崇高性、芸術性を見た。 演奏に先立ち背中を丸め瞑想するかのように、
静かにキーの上に添えられる手は、とんぼが棒に止まって両羽を休めたときのハの字に似、キーを叩きのめすかのように連続的に激しく打つ手は、 蝉が羽を激しく揺らして鳴く姿だった。 間をとってそっとキーに触れる指一本は、 鳥が着地する瞬間に伸ばす細足の姿や音に似ていた。キーの上を踊る両手はあるときは右端に、あるときは左端に、そして交差することもあった。 静かさは静かさなりに深遠であり、 激しさは激しさなりに峻厳であった。その中で自然の崇高で測り知ることのできない声と、 人間の息苦しい悩める人間の声の両方を聴いた。キッシュのエクスプレッションがそのまま私のインプレッションとなった。

The Music Center Japan顧問   中西隆夫 (2000年2月12日)

 ( 金 ) ジュラ・キッシュピアノ演奏会