2009年8月16日 (日)
ミケーラ・ポリ(チェンバロ)&田淵宏幸(ヴィオラ・ダ・ガンバ)リサイタル

2009年8月16日(日) 午後2時~     Salon Collina

最近は古楽器のちょっとしたブームだとか、古楽器の愛好者たちがこのサロンに集まった。 古楽器は眺めているだけでも風雅だが、音を聴くといよいよ雅趣に富んでいる。 この小さな5,60人用のホールが案外古楽器に似合う大きさなのかも知れない。チェンバロ やヴィオラ・ダ・ガンバはヨーロッパのルネッサンスからバロック時代に掛けて流行った楽器だ そうだが、今日はそれに加えて古フルートの奏者も現われた。

私には珍しい古楽器の音に触れどこか触発されるところがあった。今の金属部分が多い楽器 と違って木製部分が多い古楽器にはどこか人間味のある鈍い暖かさがある。現代のピアノ音 などに慣れた耳には音が小さくいささか物足りないが、逆にその中にこそ癒し効果があるのだ ろう。現代の音楽を知らない2,3世紀昔の王侯貴族が自分の城や宮廷で今日と同じ音楽を 少数人数で同じように味わっていたかと思うと嬉しくなる。
田淵宏幸さんは、お父さんも音楽家で幼少の頃から音楽を聴いて成長されたらしく、自然と バロック音楽が身につき、さらに一層イタリアで学ぼうと決意されたらしい。今日、弾かれた ヴィオラ・ダ・ガンバも二年の才月を掛けて自分で製作されたもの、また自らバロック調の曲を 作曲もされている非常に味のある人物である。かたやミケーラ・ポリさんもなかなか知的で 好奇心旺盛なイタリア女性である。寸時を惜しんで初めての日本を楽しんでいる。

今回はイタリアのヴェロナ近くからチェンバロ奏者のミケーラ・ポリさんと日本からイタリアに留学してヴィオラ・ダ・ガンバという古楽器を勉強している田淵宏幸さんを招いて特別出演してもらった。古楽器というと敬遠しがちだが、18世紀、19世紀そのままのイタリアの地方都市からやってきたミケーラさんにはチェンバロがよく似合う。チェンバロはいわば今のピアノのおじいさんだ。ピアノが生れる前は王宮や貴族の館で色んな曲がこのチェンバロが奏でられていたが、今日のような人の多く集まる大ホールが出現するにつれて大きな音を出すピアノが必要となってきた。 ミケーラさんはミラノ、ヴェロナ、ヴェニスと横一線に並ぶ都市の中間にあるガルダ湖の近くに住んでいる(下の写真を参照)そうだが、このようなお城のあるところには古楽器が相応しい。ヴィオラ・ダ・ガンバはチェロとギターの合いの子のような楽器だが、優しい、柔らかい音を出す。ガンバとはイタリア語で足、足に挟んで演奏するそうだ。

今回、チェンバロやヴィオラ・ダ・ガンバの音色にすっかりはまった。音色って一体何だろう。フルートもバイオリンもトランペットもピアノも同じ音符を奏でればみな同じ周波数の音を出す。が、響きがみな違う。これが音色だ。音色は倍音の結果である。モノの素材が違えば密度も違う。金属片は池の底まで沈むが、同形同大の木片なら浮く。密度、形、大きさの違いによって手やハンマーで叩いても音が違う。ギターをハンマーで叩いたら、うつろな、ポコンという木の音がするだろう。サキソフォンのような金属ならチンチンというような音がするだろう。今回はヨーロッパのお城の中で聴くような気品に満ちた音も聴けたし、アフリカの平原で土着民が打ち鳴らすような原始的な音も聴けた。生活に密着した音の素晴らしさにあらためて感動した。
最後に一言。ミケーラさんは日本の何事につけ時間が正確なことに驚いている。5時からといえば、きちっと5時から始まる。イタリアでは半時間ぐらいのズレはいつものことのようだ。日本に比べれば時が止まったようだという。たしかに上記のようなところに住んでおれば、まだ現代ではなく近代かもしれない。それに引換え毎日あくせくと時間に追われ、未来、未来へと突っ走るわれわれは根無し草のようにも映り、かれらが羨ましくもある。

 

 ( 日 ) ミケーラ・ポリ(チェンバロ)&田淵宏幸(ヴィオラ・ダ・ガンバ)リサイタル