2017年2月20日 (月)
小澤真智子の旅するヴァイオリン~南米アルゼンチン~

昨日は2時からSalon Classicで小澤真智子の「旅するヴァイオリン」~南米アルゼンチンの音楽を聴く~、ピアノ霜浦陽子のコンサートがあった。この二人とはもう長い付き合いだ。私が定年なった直後の2000年に、小澤真智子の、また2002年この二人の演奏会を湘南国際村の自宅ホール、Salon Collinaでやったから、私は私なりに二人の成長ぶりを見守ってきたし、この二人には私の退職後の生活ぶりを知られている。こんな二人の関西デビューを今回手伝うのだから親御になった気分である。

「旅するヴァイオリン」と銘打ったのはなぜだろう。思えば、真智子は東京藝大でクラシックを学んだ後、ロンドン・ギルドホール(ピアニストの霜浦陽子はここで学んだ)で学び、次にニューヨーク・ジュリアードで勉強、それからメキシコの一交響楽団のコンサートマスターとして同地で活躍、さらにブエノス・アイレスでタンゴ音楽を追究しながら数年暮らしたのだから「旅する」と称するに値するだろう。なかでも一番長かったニューヨーク生活でニューヨーカーに変身、自らアメリカンと称するほどだ。今回のトランプに幻滅したと、しばし私とアメリカ政治談議をしたほど。

彼女はいわゆる正統クラシック派ではないが、クラシックをベースにしながら、自由に独自の音楽境地を切り開いてきたことに対し私は高く評価している。

その芽生えはすでに東京藝大時代にあった。今でこそピアソラはどの音楽家からももてもての存在だが、在学中の1990年代に早くも着目、それを取り入れたのだからさすがである。またタップを踏みながらヴァイオリンを弾くという一風変わった独自スタイルで2002年にカーネギーホール(ワイル)デビュー、続いてThe Music Center Japan主催で東京文化会館デビューを果たした。2008年には、アルゼンチンタンゴの魅惑的なメロディーとダンスリズムが彼女の中を流れる血の川と一緒になっていよいよ彼女独自のタンゴ世界を追究することになった。ピアニストはアルゼンチン出身のオクタヴィオ、南米の魂を教えてくれた彼氏と婚約、彼の故郷で結婚するつもりだったが彼氏が大病で急逝。悲嘆にくれた真智子、長い苦悩の末ついに日本への帰国を決意。その苦しみがこれからの再起への原動力となった。

今日の演奏ぶりはわずかな時間だが、ビデオを聴いてもらいたい。実にエネルギッシュ。その哀調は彼女のオクタヴィオを想う悲しみと同時に明日からの再起を誓う祈りでもあった。

IMG_20170220_0001IMG_1316

IMG_1327