2018年11月10日 (土)
武岡 徹 コンサートシリーズVol.5

齢、傘寿(数え80)を過ぎ米寿(数え88)に近づかんとする人が独唱会を開き大勢の前で歌わんとする気持ちはどんなものか。もう後何回できるかと案じながら、一回、一回、精を込め、いよいよ念入りに仕上げるものではないだろうか。今日の武岡徹氏の5回目のコンサートを聴きながらそんなことを思った。おそらく選曲にも時間をかけ、自分の気持ちをそれらの曲に託されたことと思う。

いつものように華奢な身体に黒いタキシード、黒の蝶ネクタイ、リラックスしつつも直立不動。登士子夫人の伴奏で歌う八十数歳の重みと気品が辺りに漂う。詩詞を十分に噛みしめ、その心を、美しく抑揚の効いた静かで柔らかいテノールで歌い上げる。男性に対してははばかるが、清楚という言葉が高齢の同氏には一番似合う。凜とした清楚とでもいおうか。

数あるプログラムの中でも私の心をもっとも打ったのは「埴生の宿」、それに、わらべうたの「通りゃんせ」と「お江戸日本橋」。私自身が同氏と歳が近いせいもあろうが、幼年、少年時代に歌い聴いた歌はこんなにも歳が行ってからいいものだろうか。