2016年11月19日 (土)
武岡 徹コンサートシリーズ Vol.3

この一学年上の先輩(82,3歳)の声の若さよ。卵か鶏か、歌うから若いのか、若いから歌うのか。何も見ないで一時間強、正調で歌い切る。それも和漢洋の曲を。そこに籠る情感表現はこの年齢に達したものの特権かも知れない。洋ものもさることながら、和漢ものでも、たとえば昔の都都逸、常磐津、詩吟などの音色、情感を知らなくては、これは出せない味かも知れない。そこへ特別出演された中山和彦氏の哀愁を含んだオーボエの音色が混じって雰囲気が盛り上がった。万感の思いを込めて歌う自らの歌にどっぷり浸っている先輩、その準備も大変だっただろう。何よりも「秋風に想う」曲の選択。そして漢、洋ものの解説。自らそれらの歌詞の大意をまとめて観客に配った。原語で歌われたら分からない歌の情景を日本語で解説している。例えば、ブラームスの「教会墓地にて」は、嵐の夜、すべての墓が嵐をよそに静かにまどろんでいたとか。また、「歌の調べのように」では、そっと何かが私の心をよぎったが、それを言葉で捉えようとすると、灰色の霧のように色あせ、鏡の前の吐息のくものように消えて行くとか、今、書いている言葉がそれだ。鏡の前でくもっている。伴奏された奥様のドレス色がチラシ色と同じだったのも嬉しかったし、プログラムに乗せた二枚の写真も先輩の清澄さを象徴するようでよかった。紅葉は芦屋で撮った最近の写真、もう一枚は一週間前、箕面で撮った滝の写真だった。

聴きながら描いたスケッチ、これが描けるほど、姿勢を崩さないし、派手なジェスチャもなかった。img_0617img_0608img_0605img_20161119_0001_new5a596fce399b418941223eaf6e96be2117b72f7789756c89e4f786e88c48bd6421e4acfef6029b7059d243c7196b1cb6f51