2009年6月7日 (日)
漆原啓子&ディヴィッド・コレヴァー デュオ リサイタル

2009年6月7日(日)午後7時~     横浜みなとみらいホール 小ホール

十日ぶりに晴れたこの日、大勢の観客を前にして二人の名コンビが音響効果抜群のこのホールでストラスバリウスの名器とスタインウェイピアノの名器で絶品の演奏を聴かせてくれた。 今もまだその興奮から覚めやらずにいる。今日のもう一人の主役は譜面めくりをしたディヴィッドの息子、ヴィレム(Willem)君、12歳だった。初来日中に誕生日を迎え、小人切符が使えなくなった、まだあどけない少年である。演奏曲目は順にルクレールとフォーレのヴァイオリンソナタ、それからディヴィッドのピアノ・ソロ、ブラームスとドホナーニ、最後はバルトークのヴァイオリンソナタだった。

ルクレールは1764年生まれ、バロック時代の人だ。こんな昔にこんな音があったとは!まるで西陣織の光沢と質感で、フランス宮廷の壁掛けを思い浮かべた。哀愁を帯びた流麗な響きもよかった。

フォーレの演奏ではサイドカーやアレキサンダーなど色んなカクテル色とその品格と味を想像し、ときにはその中に金粉を入れた。

ディヴィッドの二つ目のドホナーニの曲、「ハンガリー歌曲の主題による変奏曲Op.21-2」がとくによかった。ダイナミックで力強く、峡谷から波を蹴立てて流れきた水がナイヤガラの滝となって流れ落ち、また元の静かな平和な水に帰って行く、そんな趣を感じた。

最後のバルトークのヴァイオリン・ソナタ 第2番は筆者の音楽の地平を大きく拓けてくれた。バルトークと聞くと東欧が、東欧と聞くと蒼白い色が浮かぶのが筆者のくせである。上述のドホナーニも東欧の人でバルトークとブダペスト音楽院で同級、バルトークがドホナーニを一人の模範者と仰いだこともあったそうだ。ドホナーニにナイアガラの水を思い浮かべたのも東欧の蒼白さからの連想であったかもしれない。さて、そのバルトークの曲だが、始めは何だか幽霊が出そうな霊妙で幽玄な響きだったが、展開するにつれて内容が豊富になり、乾いた板を踏んで跋扈する奇人、変人を想像したり、泣きべそをかいているピエロや空襲下で地中から首だけ出した生死さまよい人を見たり、路上に落ちた雷がコロコロと地上を転がって爆発危険物扱いされている姿を想像したりした。

 

 ( 日 ) 漆原啓子&ディヴィッド・コレヴァー デュオ リサイタル