2015年6月27日 (土)
2015年6月24日David Korevaar Concert

今日は私の故郷、高槻の摂津峡近くにある摂津響ザールでディヴィッド・コレヴァーのオールショパンプログラムのコンサートがあった。演奏に先立ちディヴィッドが「本日は日本人の好きなショパンを弾きます」と挨拶した。とっさに思った。どうして日本人はショパンが好きなのだろうか、よし今日は一つその理由を探ってやろうと。ノクターン、バラード、マズルカ、舟歌、子守歌、スケルツォ、別れの曲など80分程の演奏に通底するショパン音楽の特徴は何だろう。自らピアノを弾く方々にはそれなりの見解があるだろうが、それができない私はあくまで聴くだけの立場でそれを見付けようと考えた。以下はおのずと私の独断と偏見のショパン観である。
ショパンの曲にはいずれも気品が漲り、キラキラとした光沢がある。しかし手放しの明るさではなくどこかに陰を引きずっている。ロマンチックながら哀切な気分を誘うのはそのせいかも知れない。われわれ真面目な日本人は開けっぴろげよりその哀愁が魅力なのかも知れない。39年という短い生涯に祖国ポーランドは揺れに揺れ、ウイーンやパリにいても望郷の念に常に駆られたショパン、また個…人的にも波瀾万丈の人生を送ったショパン、それがゆえに美的感覚を持ちながらもどこかに陰を宿したショパンの音楽が生まれたのかもしれない。ショパン一家はショパンの幼少時、父のフランス語を教える学院がワルシャワの宮殿内にあったため宮殿の庭園に住んでいたという。気品があり光沢のあるピアノ曲が生まれたのも道理か。シューマンがショパンを評して次のように言っている。「美しい花畑の中に大砲が隠されている音楽」と。何となく解る気がするが私が持つピアノ詩人、ショパンのイメージは言葉では言い尽くせない。もし何かで示すとすれば、ドラクロワ描く絵の色彩を帯びた青(ロイヤルブルー)と茶(アンバー)のガラス器だ。
さて今日のザールは木ばかりでできた優しい癒しの空間、木の香がほんのりと匂い、天井からは木の節の星が輝き、窓からは森のみどりが笑っていた。少年の頃駆け巡った渓谷は健在、この季節にはホタルが舞うという。残念ながらまだ日暮れず見ることができなかったが。

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