2010年6月27日 (日)
David Korevaar Piano Recital

2010年6月27日(日) 7月14:00~
神戸芸術センター「シューマンホール」& Salon Collina

シューマンホールは100名を越えるホールでザウターのグランドピアノを使用、片やSalon Collinaは 60名程度でスタインウエイグランドピアノ使用。同じ曲でもより広いスペースで木の響きのするザウターで聴くのと狭いスペースで金属の響きがするスタインウエイで聴くのとは違う。両者の違いが分かるほど耳は肥えていないが感触は たしかに違った。

【プログラム】
ドビュッシー:「仮面」「スケッチブックから」「喜びの島」
ベートーヴェン:ピアノソナタ ニ長調 作品28
リスト: 巡礼の年
第一年: スイス
ウイリアム・テルの聖堂  ヴァレンシュタット湖畔で  田園曲 泉のほとりで
夕立  オーバーマンの谷  牧歌  ノスタルジア  ジュネーヴの鐘

本日のドビュッシーの情景を印象派の画家ならどんな絵にし、また象徴派の詩人ならどんな詩にしただろう。印象派の音楽家であるドビュッシーが音楽で時間の画布に描いた物語を追ってみよう。 「仮面」:陸を離れてしばらく、海上は陽光にキラキラと漣立っている。時おり高い波が襲い割れては砕け散る。「スケッチブックから」:沖に出ると青黒い底知れぬ波が静かにうごめき、吸い込まれそうになりながらも、静かに水平線の彼方を見遣っている二人。「喜びの島」:島が見えてきた。愛の女神、アフロディーテが待つエーゲ海に浮かぶシテール島、人妻を恋人にした罪悪感も島を眼前にしてはきれいさっぱり吹き飛び、さぁ、これからはここで二人の愛の巣を営むんだとルンルン気分、「さぁ、ワルツを踊ろう」と誘う華やいだ気分、きらめくような、豊かな色彩の、細やかな音が連綿と続く。最後の華麗で、歯切れのよい音、 それは官能的な響きに満ちている。

海に変って今度はスイスの山、緑なす牧場の向うに聳える峻厳な岩山、孤高な姿を畏怖し崇めつつ昇り行くと山々に囲まれた湖が静かに眠っている。その静寂。オーベルマン渓谷の多彩な変貌、それ自体が美しい詩だ。その美しさにしばし見惚れ、泉のほとりで佇んでいると、天、にわかにかき曇り稲光射すや大音響とともに雷雨が襲ってきた。打ちひしがれ己が身の小ささをいやがおうにも悟る。この時、何故か頭に厳父と岳父の文字が浮かんだ。まさに山あり谷ありの険しい行程は人生航路と同じ、バニヤンの「天路歴程」を行くがごとしであった。出だしのババーン、ババーン、ババーンと響く音は「運命」ではないが精神の扉が叩かれた思いがし、スイスの英雄、ウイリアム・テルに思いを馳せた。

今日の演奏を聴いて、ドビュッシーのようなフランス風エスプリの効いた 粋な曲も嬉しいし、またリストのような眉間に皺を寄せたくなるような精神性の高い曲も興味深い。大いに聴く側のレパートリーを広げたい。それにしても 色んな作曲家の作品を奏でる演奏家は広い意味でのアーティストだとつくづく思った。なぜなら演奏家は音楽で絵が描け、詩が書け、小説が書けるのだから。それがその人の音楽性というものだろう。演奏者は単なるきれいな音色の産出者ではなかった。

 ( 日 ) David Korevaar Piano Recital