2003年7月20日 (日)
Summer Concert  コリー・ハービン、江口千聖、赤木 舞

コリー・ハービン(ギター) 江田千聖(サクソフォン) 赤木 舞 (ピアノ)             2003年7月20日(日)午後5時~  Salon Collina

梅雨明けの遅い今夏、今日もぐずついた一日ではあったが、40数名の観客がニューヨーク州ロチェスター大学イーストマン音楽学校博士課程在学中の学生演奏者を迎えた。Salon Collinaでのギター演奏は初めて。どんな音の風景が今から 楽しめるのか、見知らぬ駅に降り立ったときのような、わくわくした気分になった。

プログラム

コリー・ハービンのギター…    武満 徹:エキノクス  フランシス・クレンジャンス:カブリス形式によるアラベスク  四つのプレリュード 1.マーラーへ  2.ハウスへ  3.ドビュッシーへ   4.ヴィラ=ロボスへ  ニースの想い出  タンゴのまね

江田千聖のソプラノサクソフォーン、 赤木 舞のピアノ…  マイケル・ヘイ: アルト・サクソフォーンとピアノのためのソナタ  1.序奏とアレグロ・アパッショナート  2.バラード  3.ロンド   ウイリアム・ボルコム: リリス   1.女悪魔  2.吸血鬼  3.魂のささやき  4.人さらい  5.夜のダンス        ジアチント・シェルシー : 三つの作品  Ⅰ   Ⅱ   Ⅲ

江田千聖のソプラノサクソフォーン  コリー・ハービンのギター…  ヘイター・ヴィラ=ロボス: ブラジル風バッハより”アリア”
ロバート・ビーザー: マウンテン・ソングより ”ハウス・カーペンター”   ”バーバラ・アレン”
平素、聴き慣れたピアノ、ヴァイオリン、フルートなどとは違うこれら楽器独特のおもしろさと良さを味わった。ピアノやヴァイオリンの妙なる調べは音の楽しさ、音の美しさそのものを表わすが、ギターやサクソフォンの音はそれ自体の美しさより聴く者の心に訴えるその陰影に味わいがあった。コリーが爪弾くギターの、か細く繊細な音には湿りと乾きの両方があり、その中に憂いとペーソスを含んでいた。それが心の襞にしみ込むとき、うら悲しさやエレジーを覚えた。もの静か、気持ちの綾、心の旅路を行く。武満徹のエキノクスを聴いているうちに、物静かな山寺の道を一人 とぼとぼと歩いている自分を想像した。千聖の吹くサクソフォンの第一声にほら貝を吹く法師の響きがあった。力強く野太い音。黒光りのする太い紐のような音の響きが手品師の手にかかったように、私の心の中で伸び縮みし、輪になったり、結び目になったりした。そのつど、私の心の琴線が爪弾かれ、唸り振るえた。心が緊張し、高鳴り、やがて退いて行く。舞のピアノがそのサキソフォンの音をあるときは強調し、あるときは相殺した。そのコラボレーションの妙は画家ルオー が描く太い赤と黒の宗教画だ。キリストではなく虚無という名の宗教だ。ウイリアム・ ボルコムのリリスで、女悪魔、吸血鬼、夜のダンスなどを聴いていると、ニューヨークの黒人ハーレム街を一人ノックターンを聴きながら歩いている錯覚に陥った。男性の繊細なギターの調べ、女性の逞しいサキソフォンの調べ、そこには不釣合いの釣合いがあった。どちらも音のリズムというより音のうねりだった。サキソフォンが私の 心の奥底を大胆に清掃してくれるヴァキューム・クリーナーなら、ギターは私の心の隙間 や襞を細やかに洗ってくれる洗浄器だった。心の断面はどこを取ってもきれいに磨かれた。今日は音楽を音楽として楽しんだというより、音楽と心の対話、感性を思う存分楽しんだ。

Salon Collina has seldom had this type of combination of classical guitar with saxophone and piano. On July 20, Corey Harvin gave us his elaborate guitar playing in tune with Chisato Eda’s saxophone and Mai Akagi’s piano. Unlike the sounds of violin or piano carrying smoothing effect, those of guitar and xophone fell many tremolo bumps of striking beauty on my heart, every nook and corner, by their sentimental and melancholy tunes. Corey’s guitar plucked by his fingers, filled with both wet and dry delicacy contains such a tinge of blue as to give me pathos and sad elegies. While intoxicated with the delight of Toru Takemitsu’s Equinox, I found myself plodding along in the deserted lane to a quiet mountain temple.

Chisato’s saxophone echoed lingeringly just like a Buddhist monk blew his wild trumpet shell to far away. The tune was as long as a string , as plump as a rope and as shining  black as an obsidian. The rope was shortening, extended in links and knots and lengthening  again in my heart. As the rope was winding me down deep, I got thrilled and excited, and  finally got released.

Mai’s piano reinforced Chisato’s saxophone at one time and counterbalanced it at another time. The collaboration between the two produced such a good effect as an inspiring religious saint hemmed in by bold red and black lines drawn by French painter, Roueux but not in Christian but nihilistic way. While absorbed in the work of William Bolcom, I had an imagination that I was loitering about Harlem district in New York alone, hearing Harlem nocturne.

 

 ( 日 ) Summer Concert  コリー・ハービン、江口千聖、赤木 舞