2016年2月22日 (月)
クラシック音楽と音色

クラシック音楽と音色

私は本当にクラシック音楽が好きになった。これは六十二歳の定年以後のことである。定年で湘南に引っ越し我が家の一画に音楽ホールを作り、そこで生演奏を聴き始めてからである。しかしそれはあくまでも付け焼き刃で、家内にはいつも、あなたはベートーヴェンもショパンも区別がつかない人だからと冷やかされている。まったくその通りだが、音楽、なかでもクラシックの器楽を聴くと、なぜか私の脳裏には自然と色が浮かび上がる。

世の中には「共感覚」といって音に色が見える世界があるらしい。ひょっとするとその気(け)があるのかも知れない。たとえば、文字や数字あるいは音符に色が見えるという人は結構いる。一例を挙げると、私の場合、幼少時の積み木色のせいだと思うが、ア行は淡ピンク、カ行はみどり、サ行は赤茶、タ行は空色、ナ行は濃い黄、ハ行は淡い黄、マ行はマロン、ヤ行は濃い緑、ラ行は濃いピンク、ワ行は黒、ンは濃い黄土と言った具合だ。

音符は、戦時中でろくろく勉強していないし、敵性言語のドミソはご法度だったからハホトで習ったが、それに特に色は感じなかった。しかし、共感覚の持ち主には音符ごとの固有の色が見えるという。

一般に色に関していうと世の中、昭和40年頃までは写真もテレビも全部シロクロ。それがカラーになって驚いたものだが、最近は、何もかも人工色の色だらけで却って色に麻痺しているのではないか。色の微妙な違いに人はどれほど敏感になっているのだろう。

オーケストラの面々が黒のタキシードで統一しているのは実にいい。音楽が主役で楽師はみな黒子だから音楽の音(色)が前面に出て見えやすい。楽器が黒や茶色や銀色だと弾いている曲までその色につられて見えるし、演奏者の衣裳色が曲の音色に染まるので、その場合は目を瞑ることにしている。

この2月17日に聴いたアンソニー・ヒューイットのレパートリーはバラェティーに富んでいたので、予め、私なりのチャートを作って待ち受けていた。そのことについては前に述べたが、意外と受けがよかったので、もう少し工夫を凝らしてみた。手許に昭和三十年代発行と思われる学校教育色彩事典があった。それの巻末に下記のようなチャートが添付してあった。

色には強い色とか弱い色、淡い色と濃い色、または明るい色と暗い色がある。それを縦軸、横軸に並べて一つのチャートにしたものだ。これが偶然にも私の先日のチャートにほぼ見合う。16.02.22カラーチャートアート

私はこれからコンサート時にはこのチャートを持ち込み聴いた曲をこの中にプロットして見ようと思う。それを一定時間経過してから集計してみたら、ベートーヴェンはベートーヴェンの、モーツアルトはモーツアルトの、ショパンはショパンの、ドビュッシーはドビュッシーの私なりの色付け特長が掴め、他の作曲者との違いがはっきりするようになると考えるからである。

楽譜も読めず長調も短調も単に言葉だけを知っているわが身にとってはこんな工夫でも意外と面白い結果が出るのではないかと楽しみにしている。みなさんにはどう映ることやら。