2015年6月6日 (土)
シャンソン研究会に出席して

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今日、「シャンソン研究会」という会の25回会合に初めて参加してきました。元々、シャンソンが好きですし大阪で開かれたからでした。大学の先生たちが映像を見ながらシャンソンについて諸々お話になり非常に示唆に富んでいました。
しかし、私のような昔者が抱くシャンソンイメージは現代の人のそれとは必ずしも一致しないようでした。良し悪しは別として、本場のフランス人がフランス語で歌うシャンソンと日本人が日本で日本語で歌うシャンソンとは似て非なるものであることが益々よく分かりました。
私たち日本人は、外国人、たとえばフランス人でも人間には違いない、サルではないのだから歌心さえあれば、言葉が違っても同じように歌えるはずと思いがちです。でもそれは違うと私は思います。
日本人は少々の例外はあるとしてもほとんどの人が先祖代々日本人で純血です。一方、向こうの人は、本人はフランス国籍でも父はポーランド系ユダヤ人で母親はオランダ出身、その親はロシア系とエジプト系といったようなことはざらです。その歴史的、社会的、人種的複合感覚からくる複雑な心情をわれわれ日本人が解することは至難だと…思います。フランスは自由、平等、博愛を標榜する国ですが、裏返せば、それがないから願望する、日本のように総じて自由、平等な国柄からはその切実な願望が解らないと思います。今日の会である方から、フランス人のシャンソンには祈り、願い、叫び、優しさの4要素があると言われましたが至言だと思います。これがないシャンソンは本来のシャンソン(フランス人の歌)ではないと思います。それに対し日本人のシャンソンは歌の内実感よりもハーモニー、メロディ、リズムと言った歌の表情、つまり歌心が尊ばれるように思います。実際、日本でつとに有名なシャンソン歌手でもフランスでは全然知られていないのはこのような性格の違いからくると思います。これを向こうのようにせよといっても無理ですし、またする必要もないと思うから良し悪しは別と言ったわけです。が、この違いがあること自体は肝によく銘じておくことが肝要だと今日はつくずく思いました。
今年64歳とかいうフランスで人気ナンバー1と言われるジャン・ジャック・ゴールドマンの、重く悲しい屈折した心情、「民族の運命」や「社会の連帯」、「同胞への眼差し」、「過去と未来を見つめて」、「ユダヤとアラブの壁を越えて」といったテーマを聞いただけでシャンソンが何者かが分かるような気がしました。それを世界でもっとも美しいといわれるフランス語の低音で情緒豊かに優しく歌われると正直惚れ込んでしまいました。