2015年8月19日 (水)
戦後70年で初めて見た阿波踊り(8/14)

終戦70周年記念の阿波踊り見物

IMG_4059自宅に帰りついた今も昨夜の囃子の音が耳につき、赤や青の踊り姿が目にちらついて離れない。終戦の日から70年、記念すべき8月15日の前夜の14日、私は生まれて初めて生の阿波踊りを見た。日本の祭りを代表するその祭りの、非日常へと解き放つ浮き浮きしたムードに完全に吸い込まれてしまった。夜空の一面に提灯が飾られた演舞場にも街角にもムンムンとした熱気が広がり踊り子たちの情熱がほとばしっていた。女踊りは天に伸びた両腕がたおやかにしなやかに揺れ、男踊りは腰を低く落としてダイナミックに大地を踏む。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃソンソン」のリズムに合わせて踊り狂う夜の大衆の列に加わり、「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ...」と慣れぬ四肢を私も動かし四百年前の阿波の殿様、蜂須賀公の偉業を称える仲間に加わった。はぐれたらはぐれっぱなしのような群衆の人波だった。

一汗かいて有料の演舞場に向かい入口近くの桟敷に席を取った。そこからは静かに次の出番を待つ緊張した面持ちの「連」も、スタートしたばかりの緊張の解けた躍動の「連」も見える。精霊を呼ぶような二拍子の鉦(カネ)の甲高い音が一際高く鳴り響き、次に腹に応えるような唸るような低い締太鼓や大太鼓の音が続く。老いも若きもちびっ子たちも揃いの編み笠やリボン輪を頭につけ、色とりどりの衣裳で「連」単位で行進して行く。赤地に黒帯の踊り子たちの群れが白地に藍色の半被姿に鉢巻をした者たちの笛や三味線の音に合わせて踊って行く。十数名の踊り子たちが一糸乱れず、整然と四肢と胴を動かす姿に見たのは表情豊かな陸に上がったシンクロスイミング、同じ機械仕掛けで動く人間ロボットの群れだった。一斉にしなやかに伸びる腕も手も指先までもみな同じ角度で同じ方向にきれいに揃う、お色気たっぷりの白いうなじ、Tバッグだけのようなきれいなお尻の線、白い裏地をちょろと覗かせた着物の裾のひるがえり、赤い鼻緒に黒台のハイヒールのような下駄に白い足袋、その跳ね上がった素脛にハッと息を飲むような後姿、その群の艶やかさに完全に酔いしれた。

若い美男美女のムチムチとした繰り出しもさることながら、今夜の踊りに惹き付けられたのはむしろ年寄りや個性派、その顔や身体は美醜を越えた美、いわばデフォルメした格好のよさ、土着の渋味と貫禄、腹が出、背中が曲がりながらも余裕たっぷりに踊る女性、赤茶色した髪をリージェントスタイルに整え、澄ました顔で観客の方に向かって、ここぞとばかり打ち鳴らす甲高い鉦の男、その時パッと「連」の意味が閃いた。そうだ、それは連なり、連繋プレー、連帯責任の連の字だと。みなして心を一つにする命、その命こそが「連」なのだと。

平和な日本の平和な祭り、明日はどんな終戦70周年メッセージが発せられることやら、いささか気を揉みながらの阿波踊り見物だった。