2016年9月14日 (水)
数十年ぶりに訪れた大原美術館

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昨日(2016.9.13)は曇り空の下、数十年ぶりに倉敷の大原美術館を訪れた。仲間は高校同期八人(80歳)で、誕生したばかりの趣味同好会「アートにふれる会」の元気者ばかりだった。前回行ったのは現役時代、まだ自ら絵筆を握っていなかった時代だから、今回の絵の見方とは違った。

今回はゆっくり気が行くまで各展示画を堪能した。ある学者によると、一般的な日本人の絵の見方は解説読みに平均一分、実画を観るのは平均10秒という。今回、私は一切解説を読まず、その時間を実画鑑賞に当てた。観るなりアピールしてくる絵もあれば、見入っているうちにじんわりと良さが上ってくるのもある。どうして観るなりアピールしたのか、

この中央の黒い太線だ、この左下の赤い布だと少しずつ詮索している中に絵の全貌がまったく違う形で迫ってきた。明治、大正期、まだカメラもない時代に、どうして舞台裏の踊り子をこのように生き生きと描けたのか。その場で写生ができたはずもないのになどと愚考した。今の世は写真で溢れかえっているが少しもリアリティがない。絵やスケッチこそにリアリティが潜んでいる。

前回観たときはエル・グレコの「受胎告知」が高いところから大きく吊るしてあったように記憶するが、今回の場所で見るとそれほどでもなかった。好きな絵は色々あったが、特に見入ったのはモジリアーニと佐伯祐三の絵だった。