2016年1月7日 (木)
曲解説、プログラムノート作成について

このところ知的挑戦として格闘していることがある。それはクラシック音楽の曲解説だ。英語でいうプログラムノート作りである。私のような素人がそんなおおそれたことをするのは不遜であり冒涜だとさえ自分では思っている。が、うちが催すコンサートの曲解説ぐらいしないと来てくださるお客様に対して失礼だと思うし、また義務であるとも考えている。毎回ではないが外国の演奏者が英文(英文以外はダメ)の解説書を送ってくる限り、自分の義務として翻訳しある程度に要約している。たとえばここ両日はこの12月5日にSalon Classicで催す元ミラノスカラ座のフルーティスト、ダヴィテ・フォルミザーノの曲解説、また来春1月9日にやるお馴染みのピアニスト、ディヴィッド・コレヴァーの曲解説だ。

ところで音楽解説というものは本当に難しい。器楽音楽はそもそもそれ自体がきわめて抽象的だから、解説文もいきおい抽象的にならざるを得ない。しかもその中に私の知らない音楽用語が多く混じるから一層難しい。それが英文となると難しさに輪をかける。それを一般聴衆(音楽の専門家でない)が一読して今から聴く曲の鑑賞一助になるよう日本語らしい日本語に煮詰めて一定の長さで要約しようとするのだからまさしく知的挑戦である。しかし私にはそこが面白く魅力で嬉々としてやっている。その際、音楽辞典も参照するが、最近はもっぱらネット照会に頼っている。そこで気付くのは、音楽自体はYouTubeで流すなどして紹介しているがまっとうな解説(文)がまことに少ないことである。Wikipediaや音楽専門家ないし演奏家の文はあるにはあるが、それは解説文というよりマニアックな説明文で、一般聴衆の興味にそぐわないことが多い。また時々感じるのは外国語解説の直訳で日本語として意味を解しかねることが多い。一般的によく知られた曲ならまだしもあまりポピュラーでないクラシック音楽、たとえば今回のデュティーユのフルート曲やポール・ヒンデミットのピアノ曲など本来はもっと味わい深いのだろうが、適当な解説文が少ないため知られ難い面もあると思う。クラシック音楽の普及にはもっと音楽家自身の聴衆の立場に立ったほどよい解説が必要であると痛感する。