2016年5月9日 (月)
私はこうして英語を身につけた

私はこうして英語を

身につけた

私が英語を学び出してから55年が経つ。一口に英語と言っても切口は多い。私の場合、時事英語が主流で、新聞、雑誌、放送といったマスコミ英語といってよい。仕事としてではないが、ほとんど毎日この種の英語に触れ、少しでも多く、早く、正確に読み聞きしたいと思って続けてきた。長い過程の割には、一向に進まない願望だが、五十歳過ぎからやり出したAFNリスニングが最近、大きく功を奏しはじめた。今日は「私はこうして英語を身につけた」話をしよう。(添付図参照)

私たち日本人は伝統的に英語を目から活字を通じて学んできた。が、その土台となるべき本来の音を耳から学んでこなかった。英米人が目から母国語を学ぶとき、すでに耳には強固な音の土台が出来上がっている。音土台の無いまま活字だけで言葉を学ぶのは不自然だ。活字は、本来、生の音を保存するために発明された、いわば音のベール、いやフロシキだろう。そのフロシキを何個も横一列に並べたのがテキスト。フロシキとフロシキの間に隙間があって便利だが、このフロシキを解いたらどうなるか。飛び出してくるのは裸の音だけ。戸惑いし、なすすべを知らない。放送なら、確実に音の濁流が耳を襲う。しかし、これこそが英語本来の音だと悟らなければならない。私は五十一歳のとき、この禁断のフロシキを解いた。以後、今日まで十六年間、フロシキを解いたままだが、最近、それが整然とした意味音に変わってきた。フロシキに包んだ音を目にするよりも生の音を耳にした方が自然になってきたし、読むよりも聞く方が少なくとも部分的には楽になってきた。

四十歳代までの私の英語はフロシキ英語だった。視覚に訴えるだけの活字英語だったが、脱フロシキ化過程を経て、六十七歳で脱フロシキ英語となった。今や視聴覚とも働かせる英語になった。脱フロシキ化過程を通じてフロシキ英語の読みも早まった。これでかつての願望も一段と進んだ。

脱フロシキ化過程はホップ・ステップ・ジャンプの16メートル(十六年)のようだった。日本語音に慣れ切った耳に異質な英語音を定着させるのに5メートル(五年)、辞書的、文法的に英語の意味を英語のまま理解するのに5メートル(五年)、文頭から文末まで発語順に統語的、話題的に意味総括するのに6メートル(六年)がかかった。

これらの多くの処理を意識的にすることは不可能である。私たちの意識(=注意)は実に脆い。電話番号を覚えるのにも一苦労する。そんな脆い意識(注意)でいくらがんばってみても言葉は覚えられない。言葉はほとんどすべて無意識のうちに処理されなければならない。無意識は無尽蔵である。発音、意味、他の単語との意味連合などすべて無意識がやってくれる。言葉は人類の特権だけに無意識内でよく発達している。そこではむしろフロシキは邪魔だ。生の音だからこそ処理できる機能が備わっている。肝心なことはこの機能がフルに使えるようになるまで神経回路を発達させることだ。時間はかかるが、その結果、注意(=意識)の対象が話題の大意など、本来知りたいことに絞られたとき、言葉の処理は完結する。この方向に向かって今も進歩を続けている。「読めれば聞ける」の逆で、「聞ければ読める」が私の実践哲学である。(2003.4)