2018年12月31日 (月)
私は花咲か爺

昔、花咲か爺の話がありました。桜の枯れ木に灰を撒くと花が満開になった話です。私は今、この話を思い出さずにはおられません。

32年前に撒いた言葉の灰が今ようやく花となって7,8部咲きになったのです。

 

1984年8月、ボストンのハーバード・ビジネス・スクールで2週間に亘る夏期セミナーを受講しましたが、教授陣や他の社会人学生が話す英米語が皆目解らず愕然としました。

 

そこで帰国後、51歳から始めたのがアメリカの国内ニュース放送の聴き取りでした。

始めは頭の中が真っ白、シャーシャーという音がするばかりで言葉といえたものではありませんでした。まさに花咲か爺の灰そのものでした。

話し言葉、耳で聴くニュースを一度、粉々に潰し壊したと仮定してみてください。文を潰し、単語を潰し、音韻を潰していきますと、最後に残るのは莫大な量の音素だけです。これが花咲か爺のザルの中の灰です。

次にこの灰を撒いて耳だけで元のニュースに仕立て戻すと仮定してみてください。百%戻った時が桜満開の時です。莫大な量の音素を音韻に、音韻を単語に、単語を文に、文を文章に次々と戻してついに元のニュースに仕立て戻すのです。私はいわばこの仕立て戻しに32年の年月を掛けたというわけです。

 

私は幼児体験をした

私は、幼児の時を、51歳にもなって経験しました。幼児は母親の音声を聞いて言葉を発達させます。幼児にとって母親の音声は何でしょうか。まだ言葉というものの概念はありませんから、ただ母親の口から出た音を無意識に耳で受け止めているだけです。たとえば、1歳児に母親が「ちょっと、こっちへおいで」と言ったとします。1歳児には何を意味しているのか解らない、ただジェスチャーで手招きしたり、語調がきついから、母親の方向に動こうとするだけです。この時、1歳児の脳には日本語特有の音素、たとえば母音の響きが段々と記憶され次に同じ母音が来た時にその記憶でその母音と判断するのです。

chottokocchiheoideが繰り返されると、母音のoが一番耳についてくると思います。私たちは自分の幼児体験を忘れていますが、言葉は、音素聴き取りからだんだんと音韻聴き取りへ、単語聴き取りへ、短文聴き取りへ、そしてついに長文聴き取りへと順次発達していきます。

幼児が車を見て「ブーブー」と単語一つを発したとき、それから半年して兄を見たとき「兄ちゃん来た」と短文を発したとき、時間掛けて「聞ける」と「喋れる」ものだと感心したものでした。

私たちは胎児のときから母親の音声で日本語というものを覚えました。幼稚園児になるまでにどのくらい母親の声を聴いたのでしょうか。一日に、かりに3時間として年間1千時間、6年間に総時間6千時間にもなりました。これだけの時間を掛けて取得した日本語で幼稚園に上がったのです。この6千時間を「しか」とみるか「も」とみるかは問題認識の仕方次第です。

標準語で喋る母親なら幼児も標準語は解りますが、大阪弁は解りません。逆に大阪弁で話す母親なら幼児は、大阪弁は解りますが、標準語は解りません。脳はその音声の質量を刻むのです。

 

今、日本で幼児や小学生の英語教育が盛んに語られていますが、このいわば言葉の初歩的な発達の道筋が少しも触れられていないのが私には非常に不思議であり不満です。知らず知らずのうちに日本語なら毎日3時間も聞いています。しかもテレビなどで標準日本語で聞いています。

英語を週に高々10時間やるとか、母国人でない人の発音でやるとか、聞くことよりも自分を表現する、つまり喋ることに重点をおくとか、こんな英語教育で英語が上達するわけがありません。

私という日本人が、50年間も日本語で鍛えた、くせのある脳を使って、51歳から、英米語という異質の言葉の、背景常識も要るニュースを耳だけで聴いて理解するのに32年も掛ったのですが、よく考えてみればこのぐらいの時間が掛っても少しも不自然ではなかった気がしています。

中西隆夫(18.12.31)