2015年8月10日 (月)
70年前にあった小学校のグランドピアノ

小学校時代のグランドピアノ

70年前の終戦は私の小学(正確には国民学校)4年の時。大阪府高槻市の芥川小学校でのことだった。こんな時代にもかかわらず、入学した時にはすでに講堂にグランドピアノがあった。そのピアノを使って和音を当てるのだったが、いつも成績は0点だった。当時は適性言語の「ドミソ」は使えず「ハホト」だった。 妻と話していると、その時代に小学校にグランドピアノとはまた豪勢な、妻の兵庫県の小学校ではオルガンすらなかったという。その点に興味を持ち今日少し調べてみると、御茶ノ水の先生が今春(ラッキー!)書かれたおもしろい論文が出てきた。戦前、東京よりも関西が、そして関西では阪神間モダニズムの阪神間より大阪市府下がこの器楽面では進んでいたことを知って嬉しくなった。 ご興味ある方は以下の論文抜粋をご覧ください。

Title ピアノの普及と大阪の都市形成 : 三木楽器の帳簿(1902-

1940)の調査に基づいて

Author(s) 齊藤, 紀子

Citation 人間文化創成科学論叢

Issue Date 2015-03-31

URL http://hdl.handle.net/10083/57409

これまで、主としてピアノを消費する立場から提供された資料をもとに論じられてきた洋楽受容史に対し、楽器商というピアノを供給する立場から提供され、時期・地域ともに広がりをもったデータをもとに、大正時代を中心に明治末から昭和初期にかけての戦前の日本のピアノの需要と供給という流れについて様々な観点から明らかにすることができる点において、高い史料価値があるといえる

三木楽器に対するピアノの需要は、遅くとも、大正時代(1912-1926)後半に高まっていたといえる。

これらのピアノは、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本の各国で製造された。メーカーを特定できる1814台の中ではドイツのスタインウェイ(592台)2やフォイリッヒFeurich(684台)、ローゼンクランツRosenkranz(271台)と日本楽器製造(現ヤマハ、100台)が多くみられる。全体の半数以上がアップライトピアノ(2585台)でグランドピアノは2割程度(841台)の普及率であった。自動ピアノも152台納入されている。

大阪府内への納入事例

本章では、『ピアノ納入簿』のなかで最も納入台数の多かった大阪府内の事例をもとに、ピアノの普及していた地域の特徴を考察する。

3-1.大阪府内各市町村へのピアノの納入

 ピアノは、大阪府庁舎があり、三木楽器の所在地でもある大阪市に集中して納入された。その他の地域としては、大阪市に隣接する泉北地域(堺市、泉大津市、高石市、忠岡町の計45台)と摂津地域(高槻市、茨木市、吹田市、豊中市、池田市、箕面市の計40台)への納入が目立つ。そこで、大阪市、泉北、摂津の3つの地域について詳しくみていく。

都道府県  納入台数

大阪府    797

兵庫県    194

京都府     83

東京都     78

福岡県     61

 以下略

納入先を特定できる事例の中では、その半数以上が個人あてに納入されており、それに次いで、教育機関への納入が目立つ。教育機関への納入は、小学校(318台)、女学校ならびに高等女学校(188台)、師範学校(58台)と唱歌や器楽が教育課程に組み込まれている学校種への納入事例が顕著にみられ、幼稚園(28台)や東京芸術大学の前身である東京音楽学校(28台)をはじめとするその他の教育機関3、中学校(11台)にも納入されていた。

市町村名 大阪市 堺市 豊中市 岸和田市 池田市 高石市 東大阪市 箕面市 八尾市 茨木市

台数  646  34  14  13   12  8   7    7   4   3

    泉大津市 吹田市 高槻市 富田林市 交野市 枚方市

      2   2   2   2    1   1

摂津地域についてみていく。まず、摂津地域の中で最も多くのピアノが納入された豊中市(1936年市政施行)は、箕面有馬電気軌道(現阪急電鉄)の開通とともに形成された。豊中市に納入された14台のピアノの半数以上(10台)が個人のもとに納入され、残りのピアノは教育機関に届けられた。岡町駅、曽根駅、豊中駅周辺に納入されている。

池田市(1939年市政施行)は、阪急グループの本拠地であり、同社が手がけた池田室町の住宅地は、日本で最初の鉄道会社による住宅地開発として位置づけられている。阪急グループの創業者であり、宝塚歌劇の創始者として知られる小林一三もこの地に居住し、三木楽器からピアノを購入している。池田市内に納入された12台のピアノは教育機関と個人のもとへ、およそ半数ずつ(5台・7台)納入された。

豊中市と同様に箕面有馬電気軌道(現阪急電鉄)の開通とともに形成された箕面市(1956年市政施行)のピアノの納入事例はすべて個人のもとに届けられている。いわゆる高級住宅街として知られる桜井周辺に集中して納入されている。宝塚歌劇団や東宝劇団の上演活動に貢献した坪内士行もこの地に居住し、三木楽器からピアノを購入している。

摂津地域には、他に、茨木市(1948年市政施行)の教育機関に2台と個人消費者のもとに1台、吹田市(1940年市政施行)の教育機関と個人に1台ずつ、高槻市(1943年市政施行)の教育機関に2台のピアノが納入された。(おそらくこれは隣の高槻小学校とわが芥川小学校のことだろう――中西)

これらの地域は、私鉄が敷設されるなど交通網が早期から発達していた。泉北地域には南海電鉄が1903年に難波・和歌山市間の路線を開通、摂津地域には箕面有馬電気軌道(現阪急電鉄)が1910年に梅田・宝塚間の路線を開通している。特に、阪急電鉄沿線は1905年に三宮・出入橋間の路線を開通した阪神電気鉄道沿線と共に、大正時代を中心に洋風文化が形成された「阪神間モダニズム」で知られているが、そうした大阪市の北方のみならず、泉北地域や岸和田市など南方の南海電鉄沿線にもピアノが普及していたことがわかる。